
こんにちは。高岡氏です。
年度が替わりましたが、有給休暇、ちゃんと使い切っていますか?
私は15日付与されていましたが、今回の旅行で3日分を消化して14日分を使ったことになります。なので厳密には使い切ったわけではないのですが・・・
3/23(月)~25(水)の3日間連続で取ったので、3/20(金)から数えて6連休となりました。
そんなに取れていいな~って思います?
ま、私の代わりなんていくらでもいますから!
3/20(金)いざ和歌山へ!

今回の旅でお世話になるのがこちらの乗車券。
なぜ津までなのか、勘のいい方はもう気付いているかもしれませんね。
当時はちょうど18きっぷシーズンでしたが、やはりいざというときに特急または新幹線という手段が取れる普通乗車券は強いです。
それに、福山から18きっぷ5日版(12050円)を購入して元を取れるのは東北本線・蒲須坂駅に到達したときです(営業キロ:920km~)。

大学生の頃ならいざ知らず、今これをやるのは正直しんどい
片道普通乗車券には折り返し乗車ができないというデメリットこそありますが、総合的に考えたときにはこちらに軍配が上がるのではないでしょうか。
ほんと、連続5日間という縛りがあまりにもデバフ過ぎるんだよなあ・・・

和歌山駅に到着。
駅前でいきなり謎のアンケート屋さんに声をかけられましたが心を強く持ってお断りしました。
なんか和歌山城で開催されている肉フェス的なお祭りの割引券を餌にしていましたが、旅行者に声掛けてもあんまり意味無いと思うんですけどね~。
マスターオブ和歌山


和歌山市駅に移動し、和歌山で唯一未乗の南海加太線に乗車。
出迎えてくれたのはピンク色の車体をした可愛らしい「めでたいでんしゃ」。
加太名物の鯛がなんとつり革にまで用いられています。
利用客が低迷する加太線のテコ入れ策として導入され、今では5編成が加太線を走っています。


途中の西ノ庄駅で和歌山県内の駅をコンプリートしました。
和歌山市周辺の路線集めにはあまり苦労はしないでしょうが、最大の敵は長い上に本数も少ない紀勢本線区間ですね。
海は綺麗なのですが、いかんせんトンネルがとても多いのでメモラー泣かせの路線でもあります。





列車は加太駅に到着。
ホームは観光客で賑わっており、
「これ乗ったことないやつだ!」
「ピンクのやつ来た!」
といった具合に一同テンションが上がっていました。
近年の高級観光列車ブームも落ち着きを見せましたが、やはり手軽に乗れる楽しい車両ももっと増えてほしいですよね。



今回はあまり時間が無かったので次の列車でトンボ帰り。
次にやってきたのは2024年にデビューしたばかりの「めでたいでんしゃ かなた」です。
車体の横は虹色のラッピング、そして中は太古から未来への思いを込めたデザインになっており、乗る場所によって全く違う景色を見ることができるという車両になっています。

こちらはでんこ化されており、「かなた」に因んで「こなた」という名前で2025年1月1日にデビューしました。
駅メモ内では毎月1日に新でんこがデビューし、その日の15時にガチャに追加されるのが通常ですが、1月1日にデビューしたでんこは日付の変わった瞬間にガチャに追加されるという特別待遇を受けています。
もっとも、ガチャを早く回せるようになったというだけで南海とのコラボイベントがあるわけでもないんですけど。



和歌山駅がJR側のターミナル駅ならば、和歌山市駅は南海側のターミナル駅です。
南海の駅をJRが間借りしているような形なので、JRの路線なのに駅名標が南海仕様という貴重な光景を見ることができます。
なお、和歌山~和歌山市を結ぶ路線はどこかの支線とかではなく、れっきとした紀勢本線・和歌山側の終着駅ですが、同区間から新宮方面への直通列車はなく、ひたすら3駅をピストン運行しています。
ただ、朝夕の通勤通学時間帯でも1時間に2本、日中は1時間に1本と街中にもかかわらず本数は少なくハッキリ言って使いづらいです。
そもそも南海とJRでターミナルが分かれている時点で使いづらいですけど・・・。



夜はくろしおで紀伊田辺へ移動。
駅前には田辺が出生の地とされる(諸説あり)武蔵坊弁慶の像が建っています。

結局この日は在来線のみでひたすら移動に費やしました。
大阪までなら在来線のみでもそんなに遠いという感覚は無かったりするのですが、当然ながら和歌山まで来るとさすがに遠いですね。
3/21(土)やきうの時間だあああああああ

というわけでこの日は恒例の駅メモ草野球オフです。
開催地の白浜に向けて早くから移動開始。
なんでわざわざ和歌山?と思われるでしょうが、前日に駅メモの同人誌即売会(通称:Lステ)が和歌山で開催されていたのが理由です。
letsstationlife.wixsite.com
以前は新潟で開催されており、その時も燕市で草野球オフが開催されたのですが、さすがに広島⇒新潟の移動を考えると厳しかったので断念しました。
つい最近、AnimeJapanが今後3年間を大阪開催に移すということでTwitterではまた地方民vs関東民の仁義なき戦いが繰り広げられていたのですが、移動大好きな人種で構成される駅メモラーにとってはどこ吹く風ですね。
白浜




白浜といえばアドベンチャーワールドなどのリゾート地として有名ですが、駅前は正直寂れています。
ポケふたや歓迎の看板に描かれているパンダもいなくなっちゃいましたしね。
それにしても、一時期日本を騒がせていたヒグマ騒動も最近はあまり報道されなくなりましたが、毛色が茶色から白黒になるだけでこうも扱いが変わるものかと不思議なもんです。
もういっそ東北・北海道の熊を白黒に塗ってパンダの代わりにしてみてもいいんじゃないかと思っちゃいますがいかがでしょう。

店外にまで溢れるサンゴの山が目につく土産物店。
中はどんな感じなのか気になりますが・・・


寂れたリゾート地にありがちな廃墟と化したホテル。
マジックショーにカジノ、ものまねタレントの清水アキラのショーと色々やっていたみたいですが、建物が古く耐震基準を満たしていないということで閉館の憂き目に遭ってしまったようです。
同時期に同じカラカミグループから手放された「ホテル古賀の井」は現在「大江戸温泉物語Premium」として生まれ変わっており、未だ廃墟のまま取り残されているこちらとは明暗が分かれた格好となりました。

そして一際異彩を放つのがこちらのお城のような建物、その名も「ホテル川久」です。
世界の建築技術の粋を集めたというこちらのホテルは、元々「河久」という名前の旅館だったのが、老朽化に伴い1991年に現在の姿になったそうです。
改築にあまりにもお金がかかり過ぎた結果、元の運営会社は改築後に破綻してしまい、現在のカラカミグループに経営を引き継がれることになりました。
(出典:
https://www.matsuyaginza.com/jp/ginza/column/fashion-writer-trend/11
)


改築前(国土地理院地図、1974~1978年の航空写真)と現在の比較。
こうして見ると「河久」時代からかなり立派な建物であることが分かります。
一度でいいから泊まってみたいものですね・・・。
草野球本番




今回の舞台となる白浜球場ですが、こちらは50年前には既に存在している歴史ある球場です。
ただ、50年前は現在3塁側にある樹木が存在していなかったようなので、3塁側にファールを打つ=即海ポチャの危険と隣り合わせの球場だったと言えます。


Twitterをよく見る方ならもしかしたらご存知かもしれませんが、今回の草野球オフは駅メモ界隈外でも少しバズっていました。
各自が毎回思い思いのタオルやダンマクなどを掲げる文化がありますが、見ての通り二次元コンテンツのオタクも多いのがこのオフ会の特徴です(まあ駅メモやってる時点で素質はありますが)。
駅メモさえやっていれば誰にでも参加資格があるというとても懐の深いオフ会なので、そこのあなたも是非駅メモをDLして野球やろうぜ!
ekimemo.com

今回は、昨年制作されたアメフト風ユニ(ファビアンVer)を着て参戦。
珍しく正面からの写真を撮ってもらいましたが、これには理由があり・・・。
というのも、高校時代にお世話になった先生が3月に退任されることになり、我々OB・OGで写真付きの寄せ書きを送ろうという話になったのですが、その写真というのが、
「正面を向いていて、顔がはっきりと分かる近影」
という指定があったんですよ・・・。
もうお分かりかと思いますが、
陰キャぼっちは自分の写真をとにかく撮らないんですわ。
だから就活で「あなたらしい写真を添付してください」という要求のある企業はその時点でアウツ・・・!
たまたまエスコンフィールドに行ったときに撮ってもらった写真があったのでそのときはそれで難を逃れたのですが、あまりにも自分の写真が無いことに何故だか軽い恐怖を抱いてしまったので、今回こうして写真を撮ってもらったのです。私になんかあったら遺影にもなりますし。
ちなみにこの草野球オフの翌日には退任祝いということで同級生がパーティーを開催していました。
え?お前は参加しなかったのかって???
だって寄せ書きしてる同級生の近影見たらみんな子供がいたり凄い仕事やってたりするんですもの・・・。キラキラし過ぎてて私にとってはあまり居場所が無さそうだなと思ってしまったのが正直なところだったので、寄せ書きだけで勘弁してねということです。
さて、肝心の野球の内容ですが、
一応そこそこ出塁は出来たのですが、フライやセカンド送球を一度はグラブに収めたのに捕球しきれずに落とすというミスを連発してしまい、思いっきり足を引っ張りまくりました。
これなら全く追いつけない方が正直マシでしたね。こういう糠喜び系のミスはマジで味方の士気を下げるので、心の中に手塚部長を飼って、「油断せずにいこう」の精神で頑張ります。
珍地名?


帰りは紀伊田辺駅までのバスに乗車。
夕日が綺麗でしたが、テクテクライフを起動していると気になる地名が飛び込んできました。

「き、きたない町!?」

思わず二度見してしまいましたが、二度見しても「きたない」にしか見えないこの地名。
元々「滝内」という地名があったのが1997年に「たきない町」として起立して今に至ります。
漢字でいいのになんでひらがなにしちゃったんでしょうね。
この地名に決めたとき、誰も「きたない」に空目する可能性に気付かなかったのでしょうか・・・。
ネットで調べた限りだと目ぼしい資料は出てこなかったので、また調査のために訪問してみるのもありですね。
田辺市街地

この日も前日と同じホテルに宿泊したので、ちょっと周囲をウロウロしてみました。
駅前の通りは飲食店が多くて思ったよりかなり賑わっています。


かつて海沿いにあった市役所は、老朽化と津波災害等のリスクを考慮して2024年5月7日に現在の高台に移転新築されました。
和歌山を代表するローカルスーパー・オークワとペデストリアンデッキで直通するという珍しい?構造をしており、オークワの建物にも「田辺市」の文字と市章が描かれています。
ちなみにオークワには今回の旅行で何度もお世話になりました。

弁慶伝説の残る田辺市で有名なスポットの1つがこの「鬪雞神社」です。
田辺市の熊野本宮大社、那智勝浦町の熊野那智大社、新宮市の熊野速玉大社、いわゆる「熊野三山」を統括する「熊野別当」という職位がかつて存在しましたが、そのうちの1人が弁慶の父親とされる湛増という人物でした。
湛増は平氏と源氏に見立てた紅白の鶏(平氏が紅旗、源氏が白旗を使っていた)を闘わせ、白の鶏がことごとく勝ったことから源氏に味方し、最終的に壇ノ浦の戦いで源氏の勝利に貢献したという伝説からこの名がついたとされるこの神社。
ですが実際のところ、その伝説はあくまで伝説であり、これより前に義経の要請に応じて源氏に加勢していたという研究もありました。
(出典:https://lab.kuas.ac.jp/~jinbungakkai/pdf/2012/h2012_05.pdf)
上記研究の中で、彼は平家が熊野地方に対する支配を強めていくのに反発していたと書かれています。
ところが元々彼の父親である湛快は平氏に与し、また彼自身も平氏とは浅からぬ関係を持っていたようなので、「裏切り」とも取れる行為にはさすがに葛藤を抱えていたのではないでしょうか。
そう考えると、どちらの味方をすべきかを天に任せて決めたというのもあながち嘘ではなかったのではないかと思いますね。

今時らしく手水は自動です。

昭和を感じる服装・・・
でも普通に可愛いですね。


参道である「宮路通り」には弁慶の生誕地の碑などがあります。


アオイ通り。
名前の由来が気になります。


銀座通り。
どこか異国情緒のある光景が並ぶオシャレエリアです。
他の地域だと「銀座」と名の付く通りは大体オンボロなアーケード街だったりするのですが、ここはこのオシャレエリアを「銀座」と名乗っているのがなんか好きです。



栄町通り。
先ほどの銀座通りとは打って変わって昔に取り残されたような光景です。



弁慶の武器にちなんで「なぎ刀通り」なんてものもあります。
こうして見ると、最盛期でも人口が9万人前後、現在は6万人台にまで減ってはいるものの、人口に対してかなり賑やかな街だという印象を受けました。
街並みも神社から延びる参道の雰囲気や繁華街の喧騒、銀座通りの異国感、レトロな雰囲気を残す部分もありとてもバリエーションが豊かです。
これが和歌山第2の都市のポテンシャルか・・・
今回初めてこの田辺の地に降り立ちましたが、今まで通り過ぎてきただけだったのがもったいなく思える良い街でした。
また熊野古道を歩くときに訪れたいですね。
3/22(日)潜る。



周参見駅に到着。
特急も停車する2面3線の駅です。
跨線橋からは津波対策の高台が見えます。


特急停車駅とはいえ、乗降客数150人/日(令和3年時点)の駅に新聞販売コーナーがあるんですね。まあそこそこ乗降客数の多い駅でもあまり見かけませんけど・・・。
(出典:
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/020500/book_d/fil/R3siryou.pdf)

駅内にはコーヒーやスイーツが味わえるカフェがあります。


駅名は「周参見」ですが自治体名は「すさみ町」です。
いかにも平成の大合併で生まれた地名っぽいですが、意外にも1955年に誕生した歴史ある地名です。日本で初めてのひらがな町名という唯一無二のアイデンティティを持っていますが、人口は県内ワースト5で、過疎地域の例に漏れず厳しい状況に置かれています。
なお、現在日本で最も古いひらがな市名は青森県むつ市(1960年~)です。



こちらの「クラブノアすさみ」で、初心者向けに体験ダイビングを実施しています。
時期によってウエットスーツかドライスーツのいずれかになるのですが、3月は水温の関係でドライスーツの着用となりました。
ウエットスーツの場合は水着が必要となりますが、ドライスーツの場合は動きやすい服装であれば問題ありません。なんならここに来るまで着てきた服でもOKですが、着替えはちゃんと用意しておきましょう。
そしてなんとこの日の朝の会は私1人の貸切状態でした!
前日は3連休の中日ということもあり盛況だったようです。しっかり指導してもらえたのでこれはありがたかったですね。
ダイビングに入る前に、前日の睡眠時間、花粉症の有無、泳げるかどうかなどを訊かれ、問題なければ水中での呼吸の練習を行います。
特に重要になってくるのが「耳抜き」と呼ばれる技術で、鼻の穴を塞ぎながらそこから空気を出そうとすることで鼓膜が膨らみ、水圧に対応するというものです。
私はこれが下手で、口を塞いでいれば問題なく出来るのですが、マウスピースをつけていると口から呼気が漏れてなかなか安定して出来ませんでした。

呼吸に必要なレギュレーターはもちろんですが、体が浮かないように全身に重りもつけるので、総重量としては10kg以上になります。
座った状態でこれらをつけていざ立ち上がる!という瞬間が一番キツかったですね・・・。
前日の野球で太ももに筋肉痛があったのでマジで攣るんじゃないかと思いました。
なおこの後しばらく腰にも張りがあり、まさに満身創痍の状態になってました。

終わった後に重りを外すとドラゴンボールのキャラクターになった気分です。

さて、潜って何をするのかといえば、第一の目的はやはり「海中ポスト」です。
その名の通り、海の中からハガキを投函することができます。
私は両親に向けて手紙を書きましたが、無事に届いたようでよかったです。
ちなみに海中ポスト目当てで来る客は月に2人くらいなのだとか。
前述の通り耳抜きが上手く出来なかったこともありダイビング中は結構耳が痛かったのですが、さすがにこちらにもプライドがあるので、ガイドさんから確認されるたびに「大丈夫です!」のサインを送り続けていました。
途中からは痛みにも慣れましたが、飛行機でも毎度味わうので本当に嫌いな痛みです・・・
でもダイビング自体はとても楽しかったです。
耳抜きをちゃんと出来るようになって次は沖縄とかでやってみたいですね~。
トルコと宇宙の町、串本


ガイドさんにせっかく飲食店の情報を教えてもらったのですが、すぐに次の新宮行き列車が来るので乗ることにしました。本数少ないからね・・・
白浜~新宮間はきのくに線区間内で最も利用の少ない区間であり、「JR西日本単独での維持困難路線」とされていることから、くろしお増便などの実証実験が行われています。
(出典:https://www.westjr.co.jp/press/article/items/260309_00_press_kiseihonsen_sankou.pdf)
上述の通り18きっぷ期間内ということでそれらしき人はたくさん見かけたのですが、普通乗車券の利用者はどのくらいいたのでしょうね。
ちなみに、きのくに線で使われている227系列車には車内に交通系IC精算機があり、バスのような使い方が出来てとても便利です。
IC改札を設置するにはコストが割に合わない区間であっても、車内で精算できれば問題ないのでもっとこれが広まってほしいのですが・・・(福塩線にも導入してくれ~~~)。




本州最南端の町・串本町の玄関口、串本駅に到着。

串本町は国内初の民間ロケット・カイロスロケットの開発、打ち上げ地点に選ばれました。
今年夏に完結予定という『宇宙兄弟』ともコラボをしているようです。

そして串本町といえば切っても切れないのがトルコとの関係。
エルトゥールル号といえば一度は聞いたことがある方は多いでしょう。
マグロ丼


お昼は『サンドリア』でマグロ丼をいただきました。
まず色が良いですよね。
味も見た目も美味しい一品でした。

店の中は普通のファミレスという感じですが、珍百景シールが貼ってあったので何があったのかと調べて見ると、ロケット打ち上げにちなんだ「ロケットカレー」が番組で取り上げられたみたいですね。
トルコ記念館


コミュニティバスで40分ほど揺られ、大島は樫野にやって来ました(図赤丸部分)。
串本駅から出るバスで観光に使えるのはこのコミュニティバスと、観光周遊バスである「まぐトル号」の2つがあり、まぐトル号の方は周遊バスというだけあって本州最南端の潮岬、この樫野埼、橋杭岩などの観光地をぐるっと回るルートを取ります。
ただし前者は1乗車200円、後者は500円と2倍以上の価格差があります。
2日券を1000円で購入すれば両方のバスに乗り放題になりますが、なるべくならコミュニティバスの方を利用したいものです。
なお、観光案内所での両替は基本的にNGなので気をつけてください(1敗)。


ここ樫野こそ、まさに住民によるエルトゥールル号乗組員決死の救助活動の舞台となった場所です。そして船底に穴を開けたのがこの「船甲羅」と呼ばれる岩礁地帯です(具体的には真ん中の赤丸の岩)。
自分たちも爪に火を点すような生活をしながら、それでも食事などを分け与えて乗組員達を助けていたのですから、当時の住民の高潔な精神には頭の下がる思いです。

トルコアイスも売ってます。
初めて食べましたが本当に餅みたいな食感でした。
ちなみに売店の方は特に悪戯をせず普通にアイスをくれました(笑)

世界史を取ってたからというよりはあの某大物YouTuber関係で名前を聞いたことがあるムスタファ・ケマル・アタテュルク像。
現在の「トルコ共和国」建国の祖であり、まさに英雄と呼ぶべき人物です。
なんか声に出して読みたくなる名前ですよね。ムスタファ・ケマル・アタテュルク。




あとは灯台と併設された旧官舎を見て帰りました。
地元民おススメの夕日スポット






バスの運転手さんに綺麗な夕日が見たいというと、この場所を教えてもらいました。
スマホの写真を見せてもらうと確かに綺麗で、普段からこんな景色を見れるのはちょっと羨ましいなあと思っちゃいましたね。
なお当日は天気が不安定で見れず・・・
今回の旅行、なんだかんだで夕日を見たのは野球やった後のバスから見たのが唯一でした。

ちなみに、「日本の夕陽百選」は大阪がトップみたいですが、和歌山も8か所とかなり多いです。和歌山を旅行していればどこかしらで綺麗な夕日を見れる可能性はあるでしょうね。
なおこの「日本の夕陽百選」、大阪を始めとした近畿地方がやたら多い割に東京のゼロを筆頭に関東はかなり少ないとだいぶ偏っています。
このことについてwikiには、
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当初は全国のどこに夕陽の名所があるのか分からず、都道府県庁の観光関係部署に照会するなどしてリストアップを進め、選考の過程では住民ぐるみで意欲を持ってイベントなどに取り組んでいる地域を最優先したという[1]。
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(引用:日本の夕陽百選 - Wikipedia)
分からんのに百選を作ろうとすなー!👆


夕飯は「萬口」でカツオ尽くしご飯をいただきました。
煮付にカツオ飯、締めにカツオ茶漬けにして食べるというとにかくカツオだらけな一膳です。
美味しかったのですが、個人的にはカツオはたたきにして食べるのが一番好きですね。
3/23(月)宇宙にふれる
古座駅







旧古座町(現在は串本町に併合済み)の玄関口・古座駅。特急も停車します。
駅舎には土産物とアウトドアグッズ売店が併設されており、釣り好きの店主さんと少しお話をしてお土産を購入しました。
地元はこの古座で、仕事で大阪に住んでいたものの、都会の水は汚いということで釣りのためにUターンしてきたのだとか。
この地域を流れるのは清流と名高い古座川なのでしょうがないですね・・・
古座川ではカヌーのアクティビティも盛んで、駅舎内の更衣室はカヌー客のためのものです。
最南端の宇宙の町

駅から徒歩数分で辿り着くのが、2025年4月にオープンしたばかりの「宇宙ふれあいホール Sora-Miru(ソラミル)」です。
・・・なんか思ってたのと違う気がしますが、町役場時代の建物をそのまま使っているので仕方ありません。環境に優しくて結構じゃないですか。

建物入口の前には「ポケふた」が設置してあり、ピィ、リグレー(こいつは知らない・・・)、ジバコイル、そしてシルエットのみですがデオキシスと実質4匹の豪華共演となっています。

串本がロケットの発射場に選ばれた理由、ぶっちゃけ「周りに何もないから」なのですが、裏を返せば、何もないとされる田舎にも発想を変えれば産業を定着させることはできるということかもしれません。



この日は平日ということで、ほぼ貸切状態で見学することができました。
他の家族連れに気を遣わずに体験コーナーとかを使えるのっていいですよね。
あとこういうガラガラのときって従業員の方がめっちゃ歓迎ムードになるので自己肯定感がちょっと上がります。


こちらは宇宙が身近になったらこんな職業ができるかも・・・という未来予想のコーナーなのですが、募集要項が妙にリアルというか、
「就業時間:8時~17時」
「休日:基本5日勤務2日休日」

せめて想像の中でくらい週3日1日3時間労働とかを実現させててくれよ・・・
40代には週3日まったり労働生活を実現させたい・・・(願望)!
あとは宇宙飛行士といえばこれ、という絵柄が何も描かれていない「ホワイトパズル」のタイムアタックにも挑戦できます。上位入賞者はランキングに名前を刻めます。
せいぜい20ピースくらいしかなかったので楽勝かと思いきや普通に5分以上かかりました。上位に掲載されるには3分台はマストなのでなかなか厳しい結果ですね・・・。





実はこの古座という場所、歴史の授業で誰もが1回は名前を聞いたことのあるであろう第五福竜丸建造の地でもあります。

かつてはこの中洲に造船所があったようですが、今や跡形もないですね。
(建造当時の写真:
www.oceandictionary.jp)
エルトゥールル号の件といい、串本、歴史的にもなかなか侮れない場所だ・・・
太地駅



とりあえず荷物を預けるために、この日の宿泊地である太地駅へ。
ホームからは名物「那智黒」の生産工場がすぐそこに見えます。
かつては黒人の男性とおばあちゃんが踊るインパクトのあるCMで人気を博したようです。
www.youtube.com





特急停車駅のためホームは長いです。
エレベーターも用意されていてバリアフリー対応はしっかり行われています。

そしてこの駅で特徴的なのが、駅に描かれたクジラやイルカの絵画ですが、この写真を見て何か違和感を抱きませんか?
そう、ベンチが線路ではなく絵画の方を向いているのです。
線路転落防止策として、「ベンチが線路に対し垂直方向を向いている」というのは現在ではごく当たり前になった光景ですが、それでも線路から真反対の方向を向いているというのはあまり見たことがありません。少なくとも私は初めて見ました。
せっかく良い絵なのだから列車を待つ間じっくり鑑賞してくださいというJR側からの熱いメッセージなのでしょうか。



駅舎はシンプルな洋風レトロという感じでお洒落な仕上がりです。
元々この町には津波災害に対する避難場所に乏しいという課題があったので、2階は集会所兼避難所という形で使われています。そのため普段から開放されているわけではないようです。


さて、個人的にこの太地駅はとても素晴らしいと思いました。
というのも、このコインロッカーの存在です。
なんと小さいほうも大きいほうも100円で使え、しかも使用後に戻ってくるという神仕様となっています。
公共交通機関を使う旅では切っても切り離せない荷物多過ぎ問題ですが、未だに全国のコインロッカー事情は充実しているとは言い難いです。
そんな都合よく100円玉が4枚、5枚も財布に入ってるわけないだろ!と言いたくなりますし、駅に併設されている観光案内所では両替を受け付けていないというパターンも多いです。
勿論、両替というのは一銭も得をしない行為ですし、100円硬貨が少なくなってしまう問題もあります。ジュースでも買って崩せばいいじゃんと思われるかもしれませんが、こちとら荷物を減らしたいのになんでさらに荷物を増やさにゃいかんのじゃ!
なのでコインロッカーはキャッシュレス化を進めるか、無理ならせめて両替対応が可能な場所を用意すべきだと思います。
コインロッカー問題、個人的には案外馬鹿にならないと思うんだよなあ・・・
というわけで、太地駅のコインロッカーは本当に素晴らしいです。
というかわざわざ返してくれなくてもええんやで・・・
紀伊浦神駅









太地駅に荷物を置いて、道中で気になった紀伊浦神駅へ引き返してきました。
先述したロケット射場の最寄り駅の1つではありますが、道中へは歩道が無いので行くのはおススメしません。


ニホンウナギの完全養殖に成功した近大の浦神実験場があります。
成功したといっても量産化へはまだまだ課題が山積している状況です。
ウナギの養殖は約50年前から行われている研究ですが、現代の科学をもってしても未だに生態が完全には解明されていないというところに自然の神秘を感じますね・・・。



釣りを楽しむ方が何人かいる以外は静かな集落です。

1961~1969年の浦神地区の航空写真。出典:国土地理院地図
波が穏やかで養殖に適している浦神地区では、古くは真珠の養殖も盛んに行われてきました。
もちろん現在でも主産業は漁業ですが、現在では同じ貝でもアワビやサザエ漁がメインのようで、調べていると漁業にもその時々のトレンドというものがあるんだなあと思います。
日本一海に近い小学校



海に突き出した「弁天崎」の手前にあるのが旧浦神小学校。
ロケット打ち上げ時には見学の場にもなることもあり、駐車場にはカイロスロケットの模型が設置されています。
そして自称・日本一海に近い小学校らしいです。
一応真偽の程を確かめるべく、「日本一海に近い小学校」という検索ワードで調べてみると、以下の小学校がヒットしました。
・鹿屋市立菅原小学校
・横須賀市立走水小学校
・座間味村立慶留間小中学校
kumamoto.guide
そして極めつけは日本で唯一「海の上に建つ小学校」津奈木町立赤崎小学校なんてものもありました。
というわけで、どこが「日本一海に近い小学校」にふさわしいか、いっちょ航空写真を見比べて勝負して見ましょう!
※今回は「海に近いか」の勝負なので、海の上に建っているのはレギュレーション違反ということにさせてください。
エントリーNo.1 那智勝浦町立浦神小学校

エントリーNo.2 鹿屋市立菅原小学校(現・ユクサおおすみ海の学校)

エントリーNo.3 横須賀市立走水小学校

エントリーNo.4 座間味村立慶留間小中学校

うーむ、どれも甲乙つけがたいですね。
とはいえ、「海に近い部分の長さ」ならば慶留間小中学校に軍配が上がるかなあと思います。
よって優勝は慶留間小中学校です!おめでとうございます!
なお、慶留間小中学校以外はいずれも廃校になっているので、名実共に「日本一海に近い小学校」と言っていいでしょう。
こうも廃校ばかりなのは、やはり
「海に近い」=「土地が無い」
「土地が無い」=「可住地域が狭い」=「人がいない」
ということなんでしょうね。
この中では横須賀が意外な気もしますが、立地を見ると周りを山に囲まれていますからね。
現代では防災的にあまりよろしくないことも理由の1つになりそうです。

離れた場所から見るとローソンにしか見えない看板。
実は船の整備や部品を売っているお店ですが、「コンビニエンスストア」を名乗っているので確信犯でしょう。
普通に間違えて入っちゃう人もいそうです。





最後に鹽竈神社に参拝。
毎年成人の日の前日に捕鯨に因んだ「せみ祭り」が開催されるようです。

太地の宿


この日は太地駅近くの「小さな宿 Nieche(ニーチェ)」に宿泊。
宿の近くに夜までやっているお店やコンビニがないので、公共交通機関を使うのであれば夕食付きプランを予約するのをおすすめします(一応下里駅近くのファミマとローソンが徒歩圏内ではありますが、歩道が無いのでおすすめはできません)。
私は朝食のみのプランにしてしまったので普通に困りました・・・。

こんなこともあろうかと古座のオークワで寿司を買っておきました。

ちなみにソラミルで宇宙食も買っておいたので、最悪これを食べようかとも考えましたが・・・
3/24(火)太地を踏みしめて

太地駅でレンタサイクルを調達。
この日は太地町を走り回ります。
いつもはケチって電動自転車ではなく普通の自転車を選ぶのですが、ここには電動自転車しか置いていないようですね。

どんなもんかと思って一歩踏み出してみましたが、そのとき私に電流が走りました――――
まず漕ぎ始めたときの伸びが段違いですし、坂も立ちこぎせずに登れます。
今まで普通の自転車しか使ってこなかったのがまるでバカみたいです。
これからはレンタサイクルは電動自転車を借りるようにします。
落合博満野球記念館

この太地でまず来てみたかったのがここ、落合博満野球記念館です。
Twitterでも野球記念館のアカウントがTLに回ってくることがありますが、今の落合さんは監督時代とはだいぶ印象が違って見えますね(もっとも、wikiに書かれているエピソードを見ていると元々あんな感じの人なんだなあと思わされますが)。
彼の故郷は秋田で、まして和歌山にはプロ野球の球団もありませんが、オフシーズンに訪れた太地町の環境に感動し、ここに別荘兼トレーニング場兼記念館を建てました。
時期によっては落合さんが滞在していることもあり、サインを貰った人もいるみたいです。
私もあわよくば打撃指導をしてもらいたいなあ、なんて贅沢なことを考えていると目的地に到着。


なんでや!
事前に休館日を一切調べてなかった私が悪いとしか言いようがありませんが、開館日少ない・・・少なくない?
これもある意味ご本人のマイペースぶりが良く表れているのかもしれませんね・・・。
捕鯨の歴史


仕方がないので近くを適当に散策。
木々のトンネルと美しい海が合わさって幻想的な風景を作りだしています。
燈明崎





ここ太地町は、いわゆる「古式捕鯨」と呼ばれる手法の発祥の地とされています。
狼煙でクジラの位置を伝え、勢子船と呼ばれる漁船がクジラを網に追い込み、最終的に銛で仕留めて港へ運んでいくという伝統的な漁法がそう呼ばれていますが、ここはクジラを見張り、狼煙を上げるための場所でした。
クジラは栄養素が豊富で、かつ可食部が多く、さらに体から取れる油や骨、歯、皮まで余すところなく利用できたことから、まさに当時の住民達にとっては生命線と言える存在だったのです。

もちろん夕日百選にも選ばれています。
梶取崎


燈明崎から少し南に行ったところには、同じく狼煙場として使われていた「梶取崎」があります。
こちらは見ての通り狭く、作業員の支度部屋などもあった燈明崎とは違ってサブ的な使われ方をしていたようです。




一方でこちらは公園として整備されており、まるでドラマのワンシーンに出てきそうな美しい光景が広がっています。
かつて住民の生活の屋台骨を支えた場所は、現在では住民の憩いの場として癒しを届ける場所になっています。
国際鯨類施設




のどかな町に突然出現するやたらと存在感のあるこの施設は、2024年にオープンしたばかりという「国際鯨類施設」。
エントランスにはクジラの模型やスタンプラリーなんかがありましたが、隣の部屋で何やら作業している人がいる以外は誰もおらず、シーンとしており不気味な空間でした・・・。
(※なお、スタンプラリーはエントランスだけで完結します。スタンプラリーの定義が問われる・・・)
クジラに関する蔵書が3万冊もあるという図書館だけは一般人も利用可能とのことですが、前日までに予約が必須ということらしく、観光で行くような場所ではなさそうです。

「岩門」と書いて「せきもん」と読みます。
岩壁が風化作用で門のようになったとのこと。
この地で捕鯨を始めた和田家の屋敷がこの先にあったこともあり、「和田の岩門」という呼び名もあるようです。


他にも変わったスポットとして、クジラの骨の鳥居なんてものもあります。
江戸時代の小説から「逆輸入」したスポットなんですねえ。
くじらの博物館


くじらの博物館では、かつての古式捕鯨の様子を再現した模型やクジラの身体構造、クジラが使われていた製品などの展示があります。






隣接するプールではクジラショーとイルカショーが交互に行われています。
実はイルカとクジラは生物学上の分類は同じ生き物で、主に体の小さいものをイルカ、大きいものをクジラと慣習的に呼び分けているだけだったりします。
体の小さいイルカのほうが動きがよりダイナミックなので、ショーとしては個人的にイルカの方がいいのかなと思いますね。



施設内にはマリナリュウム(水族館)もあり、貴重なアルビノのバンドウイルカ「スピカ」を見ることができます。
シロイルカは白変種と呼ばれあくまで突然変異で体が白くなった種類なのに対し、アルビノは体質的にメラニン色素が欠乏しているという点で異なります。
見た目こそ可愛らしいですが、皮膚がんのリスクも高く、普通に人生ハードモードになる病気なので、こうして飼育されていること自体が凄いことなのです。



もちろんイルカ以外の生き物も展示されています。
個人的にはこちらの「アオヤガラ」が気になりました。
ちょっと力をかけると簡単に折れてしまいそうな儚さにどこか惹かれます。
一応食えるみたいですが、可食部少なそうだしあまり美味しそうには見えません。

というわけでいよいよこの旅の終着点・津へ。
南紀はとっくに終わっているので普通列車で北上します。
長大な紀勢本線ゆえ、新宮から紀伊長島以北へ行こうとすると、なんと終電は17:55発多気行きとなります。
もっとも、途中で降りずに関東方面へ出たいのであれば夜行バスがあるので最悪そちらを使うといいでしょう。


今夜の宿は東横イン。
東横インは豊田市で泊まって以来未だ2度目です。
基本的に安い順に検索していると、東横インを始めとした有名ホテルチェーンは最上位にはヒットしないので今回は珍しいですね。
全国チェーンならではの強みとしてポイントカードの特典もあるので、特に出張族の方はここにしか泊まらないという方も多くいそうです。
3/25(水)最後はやっぱり・・・

どうして津を最終目的地にしたのか。
それはもちろん津競艇場へ行くためです。
津駅から送迎バスが出ていますが、場所はバスターミナルから少し離れており、初見だと少し分かりづらいです。
とはいえバスの時刻が近づいてくると似たような雰囲気の方が集まってくるので、「ああ、ここで合っているな」というホッとしたような感覚になるのも公営競技場訪問あるある。
津競艇場




外れ舟券を入れると抽選で景品が当たるチャンスがあります。
これは全国でやってほしい取り組みですね。

ちょうど蒲郡でSG・ボートレースクラシックの開催日だったので、入場時にグッズを貰いました。
トランプ、コースター、ブラックサンダーというタダで貰えるにしてはちょっと嬉しいものです。
私は舟券に関しては現金派なので混雑するSGには基本行きませんが、蒲郡は初めて万舟を的中させた思い入れのある場なので、機会があればまた行きたいですね。

初っ端7470円の払い戻しがあり、
「もしかしたら今回の旅行代金を取り戻せるかも・・・?」
なんて考えていましたが、終わってみれば的中はこれだけ。
結局5400円投資の払い戻し7470円という飯代程度の儲けになりました。
まあ勝てばええんや!
ちなみに、前日行ったくじらの博物館にこんなものがありました。


「ありがとう競艇」
競艇の売り上げは、主催している地方自治体の他にもいくつかの団体に分配されますが、そのうちの一つが日本財団であり、その日本財団が、競艇が社会福祉事業に貢献していることをアピールするためのシンボルになっています。

なお、2010年度から「競艇」⇒「ボートレース」に公式呼称が変わっており、このロゴは「ボートレースファンからの贈り物」というものに変わっています。
「ありがとう競艇」マークと違って、我々ギャンブラーが世の中に貢献する「篤志家」たる所以がよく分かりますね!
というわけでギャンブルをすることは何も恥じることではありません!もりもり賭けましょう!

以前北陸に行った際、福井の「フェニックス通り」について紹介させていただきましたが、ここ三重にも同名の通りがあります。
福井は災害が由来だったので、三重は伊勢湾台風か・・・?とも思ったのですが、災害は関係なくここに生えている「フェニックス(カナリーヤシ)」が由来でした。

tk0k1975.hatenablog.com
コリアンタウンで晩飯


せっかく津に来たので、いつも通り新幹線で帰るのは面白くない(あとは駅メモの回数稼ぎ的な意味で・・・)ということで、近鉄の「ひのとり」のプレミアム座席を使って帰ることにしました。
今回は鶴橋までの乗車なので、普通運賃2040円、特急料金1340円、ひのとりプレミアム料金600円の計3940円也。
この設備に対してプレミアム料金600円は安いですよね~。


鶴橋に到着したので早速晩飯の場所探し。
駅を出てすぐにディープな香りのする商店街が出迎えてくれます。
このとき土産袋を含む大量の荷物を抱えていたので、あまり邪魔にならないような場所はないかな~と思っていたのですが、写真1枚目のオレンジ色のロッカー、こちらが素晴らしかったです。
交通系ICカードが使えるのはもちろんのこと、使用開始から1時間はなんと無料で使えます。
今回のように、ちょっとご飯を食べている間に預けたい、という場合に最適ですね!



少し歩いていると熱心な客引きに遭ったので、押しに負けて韓国料理屋に入りました。
そのままだとどのみち夜道を彷徨うことになっていたので、なんだかんだ背中を押してくれたのはありがたかったですね。
韓国屋台セットをいただきました。美味かったです。
まとめ
というわけで、6日間の豪華旅行でした。
今までは18きっぷで通り過ぎるだけだった和歌山でしたが、今回の旅でとてもポテンシャルの高い場所だということが分かりました。
次行くときは熊野古道をまた歩く旅をしたいですね!
さてこれからGWですが、皆様はどのように過ごされる予定でしょうか?
基本的にGWの旅行は控えめにする方針ですが、今年は蒲郡でいつものやきうオフが開催されるのでそれに参加します。
そしてそれに合わせてまた旅打ちもする予定です。
皆様も良い旅人ライフを過ごせることを祈っています。
ではでは。