どこかの駅メモラーの雑記帳

そこそこベテランの駅メモラーのブログです。旅行記や日々感じたことを書いていきます。えっくす→@tk0k_ ポイ活とか投資系はこっち→https://note.com/tk0k1975

自己紹介

初めまして。

高岡氏(twitterID : @tk0k_)と申します。

都内→神奈川→広島の某中核市にUターンしてしがない会社員をしています。

2025年4月9日、遂に三十路デビューしました。

未だにXをTwitterと呼ぶタイプ。

 

【趣味一覧ときっかけ】

プロ野球観戦(広島東洋カープ

→親に旧市民球場に連れてもらっていくうちにいつの間にかファンになってました。

年に10~試合くらいは現地に観に行きますし、Twitterは大半がカープ関連のつぶやきだと思います。

応援文化自体が好きなので、カープ以外の試合もたまに観に行くことがあります。

 

Jリーグ観戦(サンフレッチェ広島

→2012年の初優勝をきっかけに本格的に関心を持ち始めました。

アウェー遠征と旅行をセットで楽しむのが好きです。

 

・体を動かすこと全般

→元々運動音痴で体育の授業は大嫌いだったのですが、会社人になって自分のペースで体を動かすのは結構楽しいことに気付きました。

今でも運動音痴なことに変わりはありませんが、駅メモラーの草野球やフットサルオフに参加したり、普段はジムトレーニングもやったりしてます。

 

・ソシャゲ

―ステーションメモリーズ!(駅メモ!)

→大学1年のときに友達に勧められました。もう10年くらい連ログ切らさずにやってます。他のゲームは飽きて長続きしないんですが駅メモだけは辞められません。

  

・漫画

KindleTwitterで流れてきて気になったものをとりあえず買ってみるスタイル。

座談会で貯まったアマギフが火を噴くぜ!

 

VTuber

→昔やってたゲームの実況を見てからいつの間にか見るようになってました。

企業個人問わず興味のある内容であれば見るスタイルです。

 

競艇(+競輪にも興味あり)

→旅行ついでに行った常滑競艇場3連単1点買いがまさかの的中。

そこで脳汁を出した経験が忘れられず結局2ヶ月に1, 2回くらいのペースで競艇場に行くようになってしまいました。とりあえず当面の目標は24場制覇と回収率100%超え。

ちなみに競馬は当たる気しないのでほぼやりません。

 

株式投資

→転職してボーナスが入るようになったので、株式投資を本格的に始めてみることに。

優待にも期待しつつギャンブル的な銘柄も買っていきたいです。

 

【人生を少しでも楽に攻略するための方法を考えるnote】

note.com

 

【たまにしか更新しないYouTubeチャンネル】

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【当ブログの方針】

旅行記駅メモ!・日々感じたことをメインに、Twitterでは書けないようなことを書き綴っていこうと思います。

どうかよろしくお願いします。

 

【アイシテルニイガタ】酒を全然飲まない新潟旅行

こんにちは。高岡です。

 

今の賃貸に住み始めて2年が経ったのですが、更新料の通知が来ていないことに気付きました。

常に金欠だった私にとっては悪魔のようなイベントだっただけに、無くなったのは本当に大きいです。

以前に「東京に住んでることへの罰」みたいな話題を見かけたのですが、更新料はまさにそれでは?と思っちゃいますね。

 

それはさておき、今回は6月末の新潟旅行編です。

新潟といえば米どころ、そこから派生して日本酒の聖地と言うべき場所ですが、基本的に飲んでもアルコール5%程度の私でも楽しめるのか・・・。

お酒以外にも魅力があるんだということを少しでも伝えられればいいなあと思います。

 

 

6/27(土)恐怖!W台風

ご存知の通り6月の最終週は、日本列島が台風7・8号のWパンチに見舞われていました。

福山は土曜日には既に雨が引いていたものの関西圏JRはご覧の通りの状況で、特に新大阪~敦賀間は北陸本線が運休、そして湖西線も大幅にダイヤが乱れていました。

 

新大阪に到着し、11:16発のサンダーバードに乗り換えようとしますが、その前の10:46発の便が最初見たときには20分の遅れとなっていたものがどんどんと延びていき、最終的には50分遅れとなって出発していきました。

元々在来線区間で特急は使わない予定だったので、当日慌てて特急券を購入したのですが、サンダーバードは全席指定の特急なので、遅れを知ったときには前の便の座席を購入することは出来ず、大人しく11:16発の便を待つしかありませんでした。

 

tk0k1975.hatenablog.com

 

以前北陸に渡ったときに、敦賀乗り換えくらいで文句言ってんじゃねえと言いましたが前言撤回。

新幹線はちょっとやそっとの雨風じゃ止まりませんからね。

ルートで揉めてる場合か!はよ全通させろ!!!

→なんてことを言っていたらルートは小浜~桂川を通るルートに決まったみたいですね。結局いつ完成するかはともかく、大きく前進したのは良かった。

 

敦賀駅13:48発のはくたかを予約している中、サンダーバードは約55分遅れの12:10頃に新大阪を出発し、おまけに山科で約10分間の信号待ち。

これは間に合わないだろうなあと半ば覚悟を決めつつ、駅ナカで購入した牛づくし弁当を食べました。美味かったです。

 

・・・しかし、結果的には当初の予定通り13:48発のはくたかに乗ることが出来ました。

日本海側は台風の影響を全く受けていなかったので、ほぼ通常通りに運行しているにもかかわらず、です。

はくたかは乗り換え待ちで若干遅れが生じましたが、「出発が遅れてご迷惑を~」だなんてとんでもありません。むしろ日本の公共交通の優秀さを思い知ることになりました。

 

上越妙高駅

名前の通り上越市と妙高市の玄関口・上越妙高駅で下車。

東京方面への新幹線が1時間に1本停車するので割と便利な駅ですね。

 

この日は駅のある大和地区の有志の主催するイベントが開催されており、上越市出身の滝澤夏央(西武)の応援歌を歌い出すグループなど地元愛溢れるバンド演奏についつい頬が緩みました。

 

えちごトキめき鉄道に乗り換えて直江津へ向かいます。

サムネの乗車券から分かるように、一部の3セクを含めた経路についてはJRのシステムでも発券できるみたいですね。

トキ鉄管内で途中下車できるかは分かりませんが、新井(トキ鉄)~新潟間を結ぶ特急しらゆきも運行されていますし恐らく可能な気はします。

 

直江津駅

以前泊まったこともある直江津。

今回は乗り継ぎに利用するだけですが、新潟を走る車両オールスターが勢揃いしていたのでついつい撮影してしまいました。

でんこの元ネタ車両でもある雪月花が停まっているのも注目ポイントです。

今回は17時30分頃の訪問でしたが、その他だと10時50分頃に同じような光景が見れそうですね。

 

柏崎

この日から2泊する柏崎駅前。
ブルボン本社ビルが駅前に建っています。

あなたはブルボンといえばどのお菓子が真っ先に浮かぶでしょうか。

やはり私は王道を行くアルフォートですねえ。

また、ブルボンは水球チームを保有しており、「水球のまち」柏崎の屋台骨を支えています。

 

この日の夕食はローカルスーパー「ウオロク」へ買い出しに。

ローカルスーパーとはいっても私の地元にある「フレスタ」と同じCGCグループに加盟しているのでラインナップにはバリバリ既視感がありましたが・・・。

とはいえ、鯨肉が売られているなど新潟らしい部分も垣間見えました。

 

旅行好きな方にはローカルスーパーでお土産を買うという方も少なくないとは思いますが、食品系は日持ちしないので調味料に偏りがち、あると思います。

今回は味噌を購入しました。米どころの味噌なので絶対美味い。

後先考えずに900gのデカいやつにしてしまったので、リュックが重くて大変でした。

泊まっている間ホテルの机に置きっぱなしにしていたので、清掃員の方も「なんで味噌・・・?」と思われたかもしれません。

 

私が泊まったホテルでは、テレビでYouTubeを見ることができました。

ゲストアカウントが使えなくなるので個人のアカウントを使ってくれという案内がありましたが、なんと以前に泊まった方のログイン情報がそのまま残っていました。(画像はゲストアカウントのもの)

しかも使えないとか書かれてたゲストアカウントでも普通に見れるし・・・。

いやほんと、共有機器に個人アカウントでログインするのはやめときましょう・・・。

 

6/28(日)文化を感じに

太平洋側の荒天はどこ吹く風と言わんばかりの晴天に恵まれました。

この日の目的地に向けて、昨日来た道を引き返していきます。

 

Suicaの新潟エリアは、北半分(越後線吉田・信越本線宮内以北)がほぼ全駅を網羅している一方で、南半分は柏崎・直江津にしか対応していないという圧倒的な格差が存在します。

非対応区間は無人駅且つワンマン運転でも全扉開放して無改札なので、ぶっちゃけ不正乗車し放題だと思うんですがそこはどうなんですかね。

 

tk0k1975.hatenablog.com

きのくに線みたいに車内でICカードが使える車両を導入すればいいんじゃないかなーと思うんですが、それに見合うだけの乗降客数がいないということなんでしょうか。

 

普段瀬戸内の多島美を当たり前のように見ている私ですが、日本海の水平線もまた良いものです。

夕方には戻ってくる予定なので、柏崎~直江津間のどこかで海の見える駅に途中下車しようとこのとき決心しました。

 

高田駅

高田城と、旧高田藩の城下町をイメージした雁木造りが特徴的な駅舎・・・かと思いきや、この建物はあくまで「アーケード」であり、元々あった無骨な駅舎を覆っているだけというどこか徳島駅っぽさを感じさせてくれる駅です。

ekisya.net

↑駅舎はこんな感じ。

 

城下町・高田

実際の雁木造りがこちら。

今回新潟旅行をしていると大体どこの駅前もこんな風にしっかりとした屋根で覆われていたのですが、雪はともかく夏場も日陰ができて良いですよね。

 

それと、各住居の屋根に設置された梯子も印象的です。

雪を降ろすのに屋根に登る必要があるのは分かるのですが、このようにデフォルトで梯子がついている光景はあまり見たことがなかったので。

北海道にはよく行きますが、同じ雪国といっても家の構造が異なるのは興味深いですね。今度渡道するときや東北に行くときはその辺もしっかり観察したいと思いました。

 

城へ向かう途中でなんかモーモー聞こえてきたので、鳴き声がした方を見てみると、小学校の庭で牛を飼っていてちょっとびっくり。

私の地元の小学校ではせいぜいウサギを飼っているくらいでしたね。

しかも肉牛じゃなくて乳牛?と思って調べてみると、乳牛種であっても雄は普通に食用肉として肥育されるんですね。それはそうか。

漫画とかではよく見る「命の授業」ですが、実際にやってるのは初めて見ました。

 

高田城址公園にやって来ました。

まず目の前に飛び込んでくるのは一面のハスです。

これほど大規模な蓮池はなかなかお目にかかれるものではありませんね。

当時開花していたのはごく一部ですが、夏に開花のピーク時期がやってくるため、それに合わせて「観蓮会」というイベントが行われています。

 

joetsukankonavi.jp

 

なお、蓮の花は午前中に開花して午後は閉じてしまうので、鑑賞時は注意が必要です。

 

美しい光景ですが、元は高田藩の窮乏を救うための苦肉の策であったことが書かれています。

当時の人も、現在このような形で愛されるようになるとは思っていなかったかもしれませんね。

 

なお、これに関連しているかは分かりませんが、「蓮池」という名字は柏崎に多いようです。

myoji-yurai.net

 

最古の映画館

さて、高田へ来た一番の目的と言ってもいいのがこの「高田世界館」です。

1911年に開業して以来、現役の映画館としては日本最古級の建物です。

本当は前日の夕方(16時台)の上映回に行こうかなと思っていたのですが、終電の都合で諦めていました。

でもここは事前の調査でとても気になっていたのでどうしても来たかったのです。

 

ラインナップは正直聞いたこともない作品ばかりで、

「コナン?トイストーリー?話題作はイオンで見とけ!」

と言わんばかりの「映画好き」のための作品群といった印象です。

この日は12時~の『済州島四・三事件ハラン』という作品を見ることになりました。

 

上映チケット(1700円)と内部の見学を申し込んで、合わせて2000円です。

見学のみだと500円ですが、映画を見ると300円に割引となります。

後述しますが見学時間は幕間の15分のみで、有料で見学できる箇所もそんなに多くないのでせっかく来たのならば映画もセットで見ていったほうが良いと思います。

 

もちろんメンテナンスはしているのでしょうが、開業当初のまま現代にタイムスリップしてきたような内装です。

椅子は可動部分が緩く、背もたれに沈みこむと足が浮き上がるのであまり座り心地はよくなかったですね。

 

さて、作品の感想ですが、

戦後、旧日本軍の統治から解放された韓国・済州島で実際に起きた、政府軍による島民の虐殺事件を描いた作品です。

概要からして予想はつくかと思いますが、ひたすら救いのない話でした。

 

あまり詳しく書くとネタバレになってしまうので程々にしておきますが、

「日本が戦争に巻き込まれてもさっさと投降すればいいよね」

とか言ってる人に見てほしい作品だなと思いました。

 

途中で政府軍が「罪の無い島民は助ける」というビラを撒きながら喧伝して回るシーンがあるのですが、それを真に受けて白旗を掲げた島民は当然ながらあっさり惨殺されてしまいます。あまつさえ彼らに温情を見せた軍人まで、仲間であるはずなのに鉛玉をぶち込む始末。

戦争において「罪の有無」というものはあくまで相手が決めることであり、そして罪の基準なんてものはいとも容易く捻じ曲げられてしまうものなのでしょうね。

 

徴兵制、そして隣国との火種が燻り続ける韓国の監督だからこそこのようなシビアな作風になったのかもしれません(監督は女性ですが)。

すっかり戦争を忘れてしまった現代の日本人ならハッピーエンドにするか、恋愛要素を混ぜてきそうな気がしますし・・・。

 

さて、映画を見終わった後は映写室を見学しました。

現代はフィルムもデジタル化されておりさすがにこの機材の出番は少ないようですが、フィルム映画を上映することもあるみたいなので機会があれば見てみたいものです。

70年も前の機材だそうですが、数年に一度メンテナンスをしていれば普通に使えるらしいので、日本のものづくりは偉大ですね。

 

映写機は2階にあるので他の部分も見て行きました。

椅子はこっちの普通のやつの方がよさそう・・・。

なお2階自体は無料で開放されているので、追加料金で見られるのは上記の映写室のみです。見学だけでは物足りないだろうと言ったのはこのためですね。

 

この高田世界館ですが、「高田日活」と呼ばれていた時代はポルノ映画を専門とするアンダーグラウンドな空間だったようです。

現役のポルノ映画館として恐らく日本一有名な「上野オークラ劇場」で検索してもらえると、我々の知らない世界が広がっているのでぜひレポートを読んでもらいたいのですが、ここも例に漏れず「そういう場所」だったということでしょう。

この落書きを消していないのは、スタッフが気付いていないのか、はたまた「高田日活」時代を黒歴史とせず受け入れているという意思表示なのか・・・

個人的には後者であってほしいですね。

 

www.furec.jp

さて、私の地元・福山では、今年6/30(火)に1つの映画館が歴史に幕を下ろしました。

2014年までは、現在の高田世界館よりも長い122年の歴史を誇っていた「シネフク大黒座」もありましたが、これで福山駅周辺の映画館は無くなってしまいました。

人口40万人を超える街の駅前でもこの有様ですから、その3分の1の人口の上越市で映画館を残すのは本当に大変だったでしょう。

映画館という施設は、一度失われたら基本的に戻ってくることはない不可逆性があります。無くなることが分かってから「もっと行けばよかった」「寂しい」と言ってももう遅いのです。

無くなってほしくないものがあるなら、出来る範囲でお金を出していかないといけないんだなあと思わせられる今回の訪問でした。

 

今回の珍?地名たち

①飯(いい)

( ・∀・)イイ!!

 

高田世界館からトキ鉄の線路を挟んで西側に移動するとここに出ます。

泉、井戸といった湧水地を示す「井(い)」が転じて「いい」となったようです。

近くには一面に広がる田んぼの光景、そして米どころ新潟にぴったりの地名ですね!

 

交差点近くのセブンイレブンで買い物をしたのですが、店名が「上越飯店」という中華食堂みたいになってます。だからどうしたという話ですが。

でもこの店名で調べてみても同名の中華食堂はヒットしませんでした。いかにもありそうなのに・・・!

 

②大豆(だいず)

春日山城址の近くにある地名です。

当地が稲作に適さず、文字通り大豆畑になったことが由来だそうですが、「大豆」がつく地名は「まめ」や「おおまめ」と読むことが多かったり、その後に「沢」や「田」などの付属語がつくものが多かったりと、純粋に「大豆(だいず)」という地名は実はここだけのようです。

(出典:https://www.mame.or.jp/Portals/0/resources/pdf_z/044/MJ044-05-MS0655.pdf

 

春日山城は山城で、せっかくなので天守のあった場所まで行こうとも思ったのですが、暑さとこの後の予定を考慮して途中で引き返してしまいました。

 

春日山駅

直江津、高田といった上越市の代表的な駅の間に当駅はあります。

上越市役所がすぐ目の前にありますが、駅舎はプレハブ小屋のような簡素な造りになっています。シドニーとメルボルンの中間として首都になったキャンベラを連想させますね。

2002年の移転開業時には駅ビルが建つ予定だったとのことですが、20年以上建ってコレということは、計画は完全になかったことになってしまったのでしょうね。

 

駅ビルの代わりなのかは分かりませんが、駅前には「上越市春日謙信交流館」なる建物があり、主に学生達の勉強の場として使われているようでした。

特急しらゆきも一部停車しますが、直江津方面は1日1本、上越妙高方面は1日2本と僅少です。

そして、かつて旧国鉄時代に新潟で使用されていた赤と黄のカラーリング、通称「新潟色」を再現した車両もやって来ました。

実はこちら、JRとのコラボというわけではなく「企業ラッピング車両」なのです。

扉の横に少しだけ白い四角の部分が見えると思いますが、そこに広告主の「田島ルーフィング株式会社」の企業ロゴが描かれています。

そこの会長が鉄道ファンで、トキ鉄の社長と仲が良かったことで実現した異例のラッピングというわけです。

 

青海川駅

上述の通り直江津~柏崎で途中下車しようと思っていましたが、選ばれたのは、青海川駅でした。

駅メモでは、観光列車「越乃Shu*Kura」を元ネタとする「青海川しゅか」の名字になっています。

 

当初は米山駅で降りてそこから当駅まで歩こうかなと思っていたのですが、春日山を歩いていたら時間が無くなってしまいました。

 

ご覧の通り当駅は海が非常に近く、絶好の夕日スポットとして有名です。

絶景を求めて各地から訪問者がいるようですが、観光列車を除き普通列車しか停まらないため、その不便さから車で来る人も多いようです。

このときは長岡・神戸・沼津ナンバーの車が停まっていました。

 

実際私が降りたのは18:15発の便で、次の柏崎行き列車は1時間40分後の19:55発の便となります。

柏崎駅周辺の飲食店事情を考慮するとなるべくこの辺で夕食をとっておきたいところですが、調べてみると国道8号線沿いにレストランがあるらしいことが分かりました。

 

え・・・国道8号ってもしかしてこの橋?

どうやって登ればええんや・・・

 

というわけで、遠回りしながらなんとか国道8号線までやってきました。

駅まで行くのってこんな道しか無いんか?そりゃみんな車使うよな・・・と思っていましたが、Twitterで近道があることを教えてもらったので帰りはそちらの道を使うことにしました。

 

1961~1969年の青海川駅周辺の航空写真。出典:国土地理院地図

1974~1978年の青海川駅周辺の航空写真。出典:国土地理院地図

なお、1970年代に米山大橋が開通するまではこの遠回りグニャグニャルートしかなかった模様。

冬季は鉄道が生命線になっていたであろう、文字通りの「陸の孤島」だったのでしょう。

 

国道8号線から撮った夕日です。美しい!

列車と一緒に撮れるスポットはないかと思っていましたが、高低差が大きく難しそうでした。

 

さて、前述のレストランがこちらの「レストランジロー」です。

店主のおじさんのワンオペでやっており、ちょっと時間が不安でしたが提供は早くて美味しかったです。

ただ、海水浴の客が来るのか椅子に砂がついていたのはちょっと気になりました。

 

前述の「近道」についてですが、酒屋の近くに坂があり、そこから駅前の道路に出ることができます。

結構急な坂なのでちょっと怖かったです。

いっそのこと階段にしてくれた方が楽までありますね。

 

坂の途中では、良い感じに列車・駅・夕日の3点セットを写真に収められそうなスポットがありました。

 

なお、間の悪いことに降りてから越乃Shu*Kuraが通過していった模様・・・。

 

さて、夕食をとっている間に車勢は帰ったみたいなので、次の列車までこの駅を独占できました。

夕日も美しいですが、日が沈んだ後の夕方と夜の間みたいなこの時間帯がなんだかんだ一番美しい説。

 

あいくるってなんだ?と思い調べてみると、柏崎市が運行するデマンド交通のことでした。

LINEで24時間、かつ利用時間の30分前まで予約可能となかなか便利かと思いきや、運行日は基本的に平日に限られており、観光客の利用は想定されていないようです。

待合室の中には乗車駅証明書発行機、時刻表、案内装置などがあります。

今はこの案内装置ですらサービス終了しちゃうのか・・・なんでもかんでも経費削減の時代ですねえ。

待合室内部は蒸し暑く、普通に外の方が快適でした。

 

さて、青海川駅は「海に一番近い駅」の1つに数えられており、手すりから海を覗くと砂浜が広がります。

「一番」というと比べずにはいられなくなるのが人間の性というもの。

ここで長崎は島原鉄道・大三東駅のホームを見てみましょう。

 

訪問時は満潮だったであろうとはいえ、手すりも海岸林も無い大三東駅はあらためてやばいですね・・・。

 

お待ちかねの柏崎行き列車がやって来ました。

列車のライトがトンネルから見えたときはワクワクしますね!

 

 

6/29(月)越後線の旅・・・のはずが?

越後線は吉田駅を境に倍以上の本数差があり、柏崎~吉田間はいわゆる閑散区間となっています。

せめて9時台に列車があれば少しは楽だったんですがね。

 

というわけで、8:48発の長岡行きバスで最初の目的地へ向かいます。

当然、越後交通の車両がやってくるわけですが・・・

 

シートには都営バスのマスコットキャラクター「みんくる」が描かれており、これが都営バスのお下がりであることを証明しています。

 

原発のある村

原発の最寄り、刈羽停留所で下車。

ここ刈羽村は、新潟県で2つある地方交付税交付金不交付団体の1つです。

原子力発電所の固定資産税、電源立地地域対策交付金などが大きな収入源となっています。

もう1つの不交付団体である聖籠町も火力発電所が立地しているのが特徴ですね。

 

村立中学校のグラウンドもとても綺麗な芝とトラックが整備されており、さすが儲かってるなあと感じさせられます。

 

原発は駅やバス停から直線距離こそあまり離れていませんが、小高い丘を越えた場所にあるため、夏場は普通にしんどいです。

新潟は割と風が吹くのでまだマシな方ですが・・・。

 

柏崎刈羽原発サービスホール

中に入ると、受付で手続きをした後にアンケートを渡されます。

アンケートに答えると景品が貰えるとのこと。

 

見学するのはこちらの展示館で、1階~M4階までが施設展示、4階が子供を対象にした体験型ブース、最上階のM5階が休憩・展望スペースとなっています。

公式では1階を見た後にM4階へエレベーターで昇り、そこから降りていくのが正しい順路らしいので、まずは1階を見た後にそれに従ってM4階まで上がってみましょう。

柏崎市と刈羽村に跨っている原発ですが、現在稼働しているのは7号機と、今年再稼働を果たした6号機のみで、いずれも刈羽村に属するプラントです。

いずれも従来型プラント(BWR)よりも安全性の高いもの(ABWR)を使用しており、従来型のままである1~5号機はそもそも稼働申請を出していないという状況です。

 

最初に見てほしいと言われていたM4階では、原発のジオラマと共に津波・地震対策、予備電力への切り替え、最大の禁忌である「意図しない核融合」を防ぐために燃料棒をいかにして冷やしたままにするか、そして災害に対する訓練の様子についてこれでもかと解説を行っていました。

 

専門的な用語も多いですが、図解やジオラマ・模型などを使った解説が充実しており、頭に入って来やすい展示だと思いました。

 

最後にM5階の展望スペースから原発の全容を拝もうと思いましたが、防災林に遮られて全く見ることができません。

まあむしろここから見えてしまったらまずいよな、そりゃ・・・

 

反対側はこんな感じ。

広大な田んぼとサッカー場の芝の緑が綺麗です。

 

かつて原子力発電は、国・自治体の利権を守りたいという意識、そしてそこに住む住民の心理などが生み出した「安全神話」によって、「原子力ムラ」と揶揄される閉鎖的な「聖域」のような存在と化していました。

それが2007年の新潟県中越沖地震、そして2011年の東日本大震災により完全に崩れたわけです。中越地震の際、福島第一原発でも当然安全管理の見直しを要求されていましたが、それでも悲劇は起きてしまいました。

あれから10年以上の時が流れ、新たな安全基準の基で各地の原発が順次稼働を再開しています。「二度とあのようなことが無いように・・・」と言っても結局またいつか事故は起きてしまうような気もしています。

なぜなら、ここ数年の異常気象もそうですが、自然は常に人間の想定を遥かに超えてくるものですからね。とはいえ、自然災害のリスクを一切ゼロにするなんて土台無理な話ですし、今や人類に欠かせないものになりつつあるAIなんかは莫大な電力を消費しますから、原発は危ないから一切無くす!というのも非現実的です。

 

インフラが整っているのは当たり前じゃない、便利な生活の裏には必ず特大のリスクが常にあるのだということに、我々日本人はもう少し自覚的になるべきなのかもしれませんね・・・。

原発の廃止を主張する人達は、そこに暮らす人達の生活を保障できるのでしょうか

アンケートを記入して受付に渡すと、

「ありがとうございます。景品としてこちらのウエットティッシュか、『ちょっとお子様向けの』ガチャガチャを1回回せます」

とのことだったので、素直にウエットティッシュを貰っておきました。

普通に実用的でありがたいですね。

 

刈羽駅

村の代表駅ですが、1面1線の簡素な駅となっています。

 

分かりづらいけど、かつては対面式の2面2線だった模様。出典:国土地理院地図

 

この後は12:25発の列車に乗る予定だったのですが、下手をこいてしまい間に合いませんでした。

出雲崎で降りて、Twitterで少し話題になっていた出雲崎レトロミュージアムに行ってみたかったんですけどねえ・・・。

営業は16時までなので、次の列車では完全に間に合いません。

retromuseum.co.jp

 

ならばと近くのスポットにでも行ってみるかと思いましたが、近くの目ぼしいスポットといえば田中角栄記念館くらいしかなく、そこも月曜休みだし暑さで歩く気力も湧かないしで手詰まりになってしまいました。

 

13:26発の柏崎行きで戻ることも考えましたが、長岡行きのバスの時間が近かったので、方針を変えて長岡へ行くことにしました。

「ベーカーヒューズ日本ドレッサー」という「日本」の文字が入っていることで辛うじてここが日本であることを認識できるバス停から乗車。

バスは高校生らしき人達で賑わっていましたが、この時期は期末テストなんですかね?

 

珍?地名③

西山駅近くで見つけた強そうなこちらの地名、「鬼王(おにおう)」。

「おにお」とするサイトと「おにおう」とするサイトで分かれており諸説はありそうですが、信号機のローマ字表記を見るに「おにお」の方が正しいのでしょうか?

元々は「鬼王(おによ)村」という名前の村だったようで、江戸時代に描かれた地図が柏崎市立博物館に所蔵されている模様。地元民は現在でも「おによ」と呼んでいるとかいないとか。

adeac.jp

 

バスケの街・長岡

新潟県第2の都市・長岡市。

日本三大花火大会にも数えられる花火が全国的に有名であり、昨年2025年は2日間で34万人を動員しています。

もっとも、これは全て有料観覧者の数というのが凄い。

 

県外からどれくらいの人が訪れるのかは知りませんが、交通事情なども考えると普通に宿泊難民が多発しそうですよね~・・・。

 

柏崎は星1.7のホテルがじゃらんでは唯一残っていますが、そこですら3万円近くに跳ね上がっています(笑)

というか新潟でこれなんだから大曲の花火なんてもっと悲惨でしょうね。

土浦は都心まで1本で行けるのでどうにでもなるでしょうけど。

 

⇒なお当日の長岡駅の様子・・・(8/3追記)

そらそうなるよ・・・

 

新潟県民のソウルフード

昼食がまだだったので、駅ナカ「フレンド」のイタリアンをいただきました。

あれ?こんな名前だったっけ?と思いましたが、「みかづき」が新潟市中心に展開する一方、長岡はこの「フレンド」が主流とのこと。

記憶が曖昧だったので最初はパスタだと思って食べ始めたのですが、もやし入ってるしなんかソースの味がするしで焼きそばやんけ!となりましたがそれこそが「イタリアン」。

正直「これは美味い!」となるようなものではありませんが、私の他に女子高生や外回り中のリーマンが購入しており、ソウルフードってそういうもんだよなと思いました。

 

アオーレ長岡

元々新潟は高校バスケの強豪県で、インターハイ、ウインターカップなどの大きな大会で優勝校を輩出していました。

帝京長岡といえば高校サッカーファンにとっても聞き馴染みのある学校ですよね。

そんな中、新潟アルビレックスBBがBリーグ1部に昇格し、駅からこの通路で直結しているアオーレ長岡をホームアリーナとしたことでバスケを中心としたまちづくりをスタートしました。

 

これがそのアオーレ長岡です。

市役所も兼ねる建物ですが、このとりあえず木の板をペタペタ貼っつけたような特徴的なデザイン、そう皆大好き隈研吾案件です。

冬場は暖かくていいかもしれないけど、夏場は陽射しが隠れないので暑いですね。

 

建物の入り口にひっそりと佇む「城内稲荷神社」。

城なんてこの辺にあったっけ?とそう思うのも無理はありません。(というか私もこうして執筆中にそう思ったくらいなので・・・(笑))

戊辰戦争で焼失して以降、再建されることなく駅を始めとした市街地が整備されてしまったのです。

城が焼失したのが1868年で、長岡駅が開業したのが1898年ですから、城の文化的価値なんて考える余地もなかったのかもしれません。

 

現在では駅前に石垣が少しだけ再現されたようなモニュメントと「本丸跡」の目印が残されているのみとなっています。

 

山本五十六記念館

ひっそりと佇む建物は、長岡市出身で、かつて海軍の連合艦隊司令長官を務めた山本五十六の功績を称えて建立された記念館です。館内は一切撮影禁止。

 

さて、海軍を束ねるくらいの人ですから、さぞ厳格で怖い人物なのだろうというイメージもありました。もちろんそういう面もあったとは思いますが、彼の手紙では故郷・長岡の方言や冗談を交えた文章を用いていたり、たびたび部下の頑張りを称えていたりと、実はユーモラスで温かい人柄の持ち主でもあったのだろうなと推察しました。

特に印象的だったのは、日本人形に「真珠湾(ますみ)」と名付けていたというエピソードです。

駐米経験のある彼は、日本とアメリカとの国力の差を肌で感じ取っており、アメリカとの全面対決となれば勝てるはずがないということは悟っていました。ですが、戦うしかなくなってしまった以上、真珠湾攻撃であわよくば米側の戦意を削ぎ、早期の和平交渉に繋げる狙いがあったようです。

実際、真珠湾攻撃が成功したときもあくまで「相手のミスと油断があっただけ」「むしろこれから軍備拡張と情報が大事になってくる」と慎重な姿勢を崩しませんでした。

それを踏まえるとこのエピソードは微笑ましいというよりは、彼の悲壮な覚悟をよく表したものだったのかもしれません。

 

近くには復元された彼の生家もありますが、このときは気付かずに通り過ぎてしまいました。入場料はかからないみたいなので、時間に余裕があればセットで訪問することをおすすめします。

 

新潟市へ

本州・日本海側で唯一の政令指定都市である新潟市。

その代表駅である新潟駅はさすがの貫禄です。

万代口側では現在JR東日本による再開発事業が進められており、オフィス・商業施設・住居機能を持った複合施設の建設が進められているようです。

 

ホテルにチェックインして少し散歩へ。

夕暮れの信濃川流域が美しいです。

 

6月末の満月、通称「ストロベリームーン」を見ることも出来ました。

写真だと分かりませんが若干赤みを帯びており、これが名前の由来だと思っていたのですが全く関係ないみたいですね・・・。

 

珍?地名④

1ノ町、2ノ町という区割りも特徴的ですが、雪町・月町・花町という名前もおしゃれですよね~。

後述しますが、万代エリアから橋を渡って、いわゆる「新潟島」と呼ばれるエリアは古くから栄えており、地名にも歴史を感じるものが多いです。

 

夕食は魚市場近くのピアBandai内「廻転寿司 佐渡弁慶」にていただきました。

いちいち声を出して注文したくなかったので、ついにおあいそ以外声を出さず、レーンの皿を取るだけで終わってしまいました。生物として弱すぎる。

なら寿司屋行くなよ・・・と思われるかもしれませんが、紙に書いて注文するやつとかタブレットで注文するやつとかだとありがたいなあと思います。

まあレーンに乗ってるやつでも普通に美味しいのであまり問題はないのですが、唯一サクラマスだけは少し乾燥していたので声を出せるならそれに越したことはありません。

 

6/30(火)やきうの時間

カープファンが見たら謎の頭痛を発症しそうな店名。栗林が抑えになった元凶と言えば伝わりますでしょうか。

朝起きたらワールドカップで日本がブラジルに負けてました。

以前の親善試合で勝利したこともあり、「もしかしたら・・・」という期待もそれなりにあった中での敗戦には失望も大きかったようですが、正直こんなもんだろうなとも思っていました。スウェーデン戦からして先制してからは防戦一方でしたからね。

思えば最近の日本って逆転勝ちやビハインドから引き分けに持ち込むことは多いですが、リードした試合の締め方にはずっと課題があるイメージです。

普段はJリーグしか見ないので、ワールドカップを見ているとこんな簡単に点って入るんだなあと思っちゃいますね。

 

日中は暇なのでとりあえず市内を散策することにしました。

古町にあるこちらの本町交差点は8つもの国道の起終点(当然国内最多)となっており、新潟が日本海側の交通の要衝であることがよく分かります。

 

この古町エリアは新潟駅から2kmほど離れていますが、金融機関やホテル、商業施設が集まり賑わっています。

1945~1950年の新潟市。赤丸が移転前の、青丸が現在の新潟駅。(出典:国土地理院地図))

昔の航空写真で見ると分かるように、かつてはこの古町こそが新潟市の中心地であり、新潟駅周辺は田園地帯でした。

それが時代の流れと共に便利な駅周辺に人が集まるようになっていきましたが、それでもまだまだ存在感を放っているエリアです。

県は、新潟駅からこの古町までの連続する市街地を「にいがた2km」と名付け、持続発展的なまちづくりの中心地と見なしています。

 

マリンピア日本海

海岸林を抜けると美しい日本海の水平線を拝むことができます。

 

心地よい風の吹く海岸線を歩いていると、新潟市水族館、通称『マリンピア日本海』が見えてきます。

フンボルトペンギンを始めとしたペンギンの飼育展示が大きな見所の1つとなっています。

 

というわけでまた個人的に良いなと思った生き物たちをピックアップ。

 

沼津の深海水族館でも見かけたミナミトビハゼ。

顔がなんj民こと「やきうのお兄ちゃん」っぽく見えてどこか愛嬌を感じます。

 

息を潜めて潜入捜査をしているように見えるヒトデ。

 

ニチリンヒトデ。

ヒトデといえば星型であり、当然腕は5本というイメージが強いですが、この種は10本前後の腕を持っている模様。いかにも毒を持っていそうな腕の色ですが、それに関する情報は特に見つからず。

ヒトデはどの水族館でもかわいいですよね。

 

こちらは実物ではなく剥製の展示でしたが、名前が危ないヤリマンボウ。

おまけに見つかった場所が胎内市というのも良い味出してます。

 

ミズダコ。インパクト抜群!

 

上がコバンアジで下がコバンザメ。

どちらも「小判」の名を持つ種ですが、前者は横から見た姿が、後者は言うまでもなく頭頂部の吸盤が由来であり、名前が似ていても全然違うんだなあと思って見てました。

 

高級魚として知られるクエ。
見た目はお世辞にも美しいとは言えず、漢字では「垢穢」と書くことを執筆中に知りました。いじめかな?

敢えて食べる気の失せる名前を付けて独り占めしようとしたのでしょうか。

 

目玉として紹介されているフンボルトペンギン。

水底に餌となる魚が横たわっていますが、敢えてこういう餌の与え方をしているみたいです。

 

tk0k1975.hatenablog.com

さて、2月の沖縄では美ら海へ行き、5月の沼津では深海水族館へ行き、という具合に今年はなんか水族館に行く機会が増えました。

基本的に涼しいし、照明も落とされていて落ち着いた空間なのでなんだかんだ好きですね。

 

ところで当日は平日ということもあり、遠足の幼稚園生たちが来ていましたが、引率の先生(男)が男児に「○○さん静かにして」と言ってて、今時は子供にも君ちゃん付けはしない風潮なんですねえ・・・。

 

神社に神頼み

新潟縣護国神社と白山神社にお参り。

6月の終わりということで、1年の前半の穢れを祓って後半も無事に過ごせるようにお祈りする「夏越の祓」のための茅の輪が設置されていました。

 

新潟縣護国神社に併設された「明治大學戦没学徒忠霊殿」には同大学OBの嶋清一氏の魂が祀られています。

1939年の甲子園大会で5試合連続完封、準決勝・決勝の2試合連続ノーヒットノーランという恐らく今後破られることのないであろう大記録を打ち立てた伝説のピッチャーです。野球好きの方は一度訪れてみてもいいかもしれませんね。

 

野球つながりというわけではありませんが、両社でこの日のカープの勝利をお祈りしておきました。

 

燕系ラーメン

白山神社の近くにある「中華そば こころ」にて、岩のりラーメンとこころ丼(刻んだチャーシューに卵をかけていただく丼)のセットを注文。

ラーメンはいわゆる「燕系」と呼ばれるもので、たっぷりの背脂と二郎系のような太麵が特徴的な食べ応えのあるものです。

こんなビジュアルなので味もやはり二郎のようにパンチが効いているのかと思いきや、スープは意外にあっさり醤油で、そこに生タマネギの爽やかな風味も加わってスルスルと流し込めました。美味かったです。

 

ちなみに元々はラーメン二郎新潟店に行こうかなと思っていました。

実は新潟二郎は私にとって初めての二郎チャレンジだった店です。

上京して二郎の存在自体は知っていたものの、同時に怖い噂も目にしていたので、まずは初心者に優しそうな(?)関東の外で食べてみようとでも思ったのでしょうか、実際「ニンニク入れますか?」と訊かれて「あっ・・・はい・・・」とキョドりまくっても特に咎められなかった記憶があります。

 

結果的にこの燕系ラーメンのガッツリ太麺でなんとなく二郎欲を満たせてしまったので、二郎はもうええか・・・となりました。

なお、「広島焼き」のように燕系ラーメンを「燕三条系」と呼ぶと不快に思う地元民もいるようなので気をつけたいところです。

 

新駅

越後線・新潟~白山間に昨年3月に開業したばかりの上所駅にもついでに訪問。

県立新潟南高校の最寄り駅であり、この日もそこの学生と思しき制服姿の人がちらほら。

 

柏崎だとあれだけ本数の少なかった越後線も、さすがに大都会新潟の隣だとこれだけの本数になります。

 

ベンチはノーマルなものと、日本海をイメージしているのかなんか波打っているやつの2種類ありますが、後者は見ての通り座面が傾いているので座り心地は悪いです。

これが排除アートってやつか・・・

 

いざ試合!

というわけで初めてのハードオフエコスタジアム新潟です。

2017年にビッグスワンスタジアムに訪問経験があるのですが、そこもひっくるめて新潟県スポーツ公園の中にあります。

外野席は長ベンチに座席番号が書かれただけの簡素なもの。

座面が木製なのでこの陽射しの中でも熱くなりにくいのはいいですが、ケツが痛かったので出来れば座布団は持参したいところ。

なお、入場時には、

「ペットボトルは持ち込んでも良いけどキャップは入口で外してください」

という謎ルールをやたらと強調されました。な、なぜ・・・?

ボトル部分だけ持っていても仕方ないので、結局紙コップに移し替えました。

 

この球場の大きな特徴は外野席後ろの芝生エリアでしょう。

硬い椅子に疲れたらこちらでリフレッシュすることもできます。

先日当球場でフレッシュオールスターが開催された際は、西武の「清原チャンテ」あるいは「民族大移動」とも呼ばれる応援でファンが走り回っている動画が拡散されてきました。行きたかったなあ・・・

 

南場オーナーが新潟出身ということで毎年新潟開催を行うようになった横浜。

もちろん関東から遠征に来ているファンも多いでしょうが、当地には着実にファンが増えている模様。

ハマスタ担当の人が出張で来ていたスタジアムDJが、

「新潟県民の人リアクションしてください!」と呼びかけたら、カープサイド横浜サイド共にほとんどの人が挙手していました。

横浜と比べて空きがあるとはいえ新潟にもカープファンってこんなにいるの!?と思いつつ、同時に皆が皆遠征民ってわけじゃないのだという事実に気付かされました。

 

試合後には応援団がファンにどこから来たのか呼びかけていましたが、私のように広島方面から来た人は本当に少なかったです。そりゃそうですよね。

 

試合は東相手に追いつけそうで追いつけないもどかしい展開でしたが、9回に出てきたヤスアキが全く制球が定まらずに大炎上。

ぶっちゃけ僅差でヤスアキが出てくると期待してしまうカープファンも少なくないと思いますが、ここまで独り相撲を見せつけられるとは思ってもみませんでした。

ヒーローは決勝打を放った佐藤啓介。

彼もイマイチ殻を破れていない選手ですが、今年はなぜかセルフ戦力外になる選手が続出しているのでチャンスはたくさんあります。

名原のように活きの良い若手がもっと出てきてくれるといいのですが・・・

 

そういえば4番ショートに知らない選手の名前がありますね

 

試合後のシャトルバス車内では赤ん坊が泣きわめいていてなかなかきつかったですが、勝ったのでヨシ!ということで・・・。

意外に帰路はスムーズで、球場を出て1時間くらいでホテルに戻ることができました。

 

7/1(水)最終日

鉄道の町新津

新潟駅から20分程度の場所にある新津。

長距離の在来線列車が当たり前だった時代、当駅とその周辺は交通の要衝として栄え、この町にはかつて鉄道関連の職に就いていた方が多く住んでいると言います。

転車台と扇形機関庫の遺構もあり、往時の面影を残しています。

現在でも秋田方面へ向かう羽越本線・会津若松方面へ向かう磐越西線の起点駅として一定の存在感がありますが、秋田方面へは新潟駅から延びる白新線経由が主流となっており、当駅から出る列車の多くは新発田駅までの短い区間輸送に留まる状況です。

 

上の写真で留置されている赤い客車は、磐越西線を走る「SLばんえつ物語号」のもので、当駅の駅舎でもその存在は盛んにアピールされています。

観光列車のSLといえばあまり長い距離を走る運用のものは少ないイメージですが、こちらの物語号は通常の普通列車と同じく会津若松駅までの111kmをガッツリと走破する運用となっており、これは国内最長の走行距離となっています。

 

駅前の商店街は寂れていますが、シャッターに鉄道車両のイラストが描かれていたり、土日祝のみ営業する駄菓子屋にも駅のホームにある号車案内の表示があったり、マンホールの蓋にはSLが描かれていたりと鉄道が完全に観光資源になっています。

 

新津鉄道資料館

新津といえばこの鉄道資料館。

学校のような外見をしているのは、旧新潟鉄道学園の建物を利用しているからです。

新津駅からは結構離れており、20分程度はかかります。

 

昔の時刻表って色々な行先があって楽しいですよね。

上野・大阪・福井・松本などが同じ路線の行先に並ぶなんて今じゃ信じられません。

 

少し前は福山にも下関行き列車が来ていたこともありましたねえ・・・(岡山始発で、超ロングラン運行の普通列車として有名でした)

現在広島方面は全て糸崎・三原で運行をぶつ切りにされて不便になりましたが・・・それはまた別のお話。

新幹線ではなく、あえて普通列車で長距離を走るというところにロマンを感じます。

まあ今から18きっぷで鈍行旅をやれと言われてもなかなか食指が伸びませんけど()

 

SLの運転台は常時開放されていますが、それ以外の新幹線や普通列車の車両などは基本的に日曜日しか開放していないらしく、そこは残念なポイントですね。

Maxとか200系とか乗ったことない車両の内装や居住性などとても気になります。

やっぱり鉄道は乗ってこそだと思っているので、たとえ時間限定であっても営業日には開放してほしいと思う所存。管理が大変なのは理解していますが・・・

 

あとは鉄道運転シミュレーターは人気で、平日でありながら常に誰かが遊んでいる状態でした。休日はプレイ時間が短縮されるみたいなので、これについては平日に来てよかったかなとは思いましたね。

『電車でGo!!』ほどハードなゲーム性ではありませんが、それでもある程度練習しないと速度調整が困難です。

 

ちなみに私は新卒就活時に各JRを受けたことがあるのですが、JR北海道以外は全て書類選考でお祈りされました。

そしてそのJR北海道についても色覚検査と面接で落とされた苦い記憶があります(クレペリンだけは自信がありましたが・・・苦笑)。

私の場合は面接でも頓珍漢な答えを連発していたのでアレですが、どんなに人間性が優れていても色覚・身体検査で引っかかると容赦なく落とされるのが鉄道会社です。

「列車を運転する」という技能がいかに高度なものかよく分かりますね・・・

 

昼飯

資料館の近くには食堂が無かったので駅の方まで戻り、この「ますだや」を訪問。

平日ということで、地元のリーマン客がそこそこいました。

 

注文したのは平日限定の日替わりランチ。

蕎麦のボリュームもさることながら、写真では分かりにくいですが寿司も1貫1貫が大きくて食べ応えがあります。

私の隣に座っていたリーマンが同じメニューを蕎麦大盛で注文していたのですが、文字通りの山盛りで軽い恐怖を覚えました。

「ちょっと腹減ったから大盛にしたろ!」みたいなノリで注文するのはやめておいたほうがいいですね・・・

ともかく新津観光におススメのお店です。

 

ほぼ廃墟!?新津ショッピングプラザ

鉄道資料館への道中で気になる建物があったので、昼食後に寄ってみることにしました。

その名も「新津ショッピングプラザ」。

マンションと一体化しているようですが・・・?

 

テナントと催事の案内はボロボロですが、これだけのテナントが入居しているということは、店内はさぞ賑わっているんだろうなあ!

 

・・・・・・・・・

あれ?サイクルショップは無かった気が・・・

 

というわけで、1階はもはやただのチャリ置き場と化していました。

 

2階には「レストランムッシュ」とスナック、そして企業のオフィスもいくつか入居しています。

この中で明確に営業しているのが分かっているのはレストランだけですが、こんな廃墟同然のモール内で今日まで営業できているだけあり、Googleマップで評価4.3と高い評価を得ています。

今回のますだやも良いお店でしたが、再訪問する機会があればぜひこのレストランにも行きたいと思います。

 

そして2階をウロウロしているときに突然テスト放送が始まりました。

当然誰もいない中で放送が始まること自体ちょっとした恐怖でしたが、何を間違えたのか「わっ!」という叫びで放送は途切れました。

いや怖いって・・・

 

7月の新でんこ

さて、毎月1日といえば、駅メモでは新しいでんこが追加実装される日です。

煙突付きの帽子を被っていますが、モデルはもちろんSLばんえつ物語号です。

モデルとなった「C57形」は美しいフォルムから「貴婦人」と呼ばれていたそうですが、それを再現したような美しいキャラデザだと思います。

 

名前は「新津えつこ」

 

ん?新津!?

 

そう、実装された15時時点で私は新津駅にいます。

今えつこさんを引けば一番乗りで故郷駅にチェックインできますね!

 

あっ・・・はい。

 

帰還

行きと帰りで同じ経路は使いたくないよね、ということで帰りは新潟→伊丹を空路で攻めてからの新幹線にしました。

 

搭乗時に新潟⇔大阪航路60周年記念のグッズをもらいました。

 

press.jal.co.jp

記念品の贈呈はこの日、7月1日にしか行われていなかったらしく、めちゃくちゃラッキーでしたね。

新潟と大阪を結ぶ航路って割とニッチ需要な気もするのですが、むしろ新潟空港の発着便で最も多いのが伊丹便なのでゴリゴリのメインルートなのです。

 

なお、到着便が遅れて折り返しとなる便の出発は1時間位遅れ、大阪も大雨の影響か阪急を中心に多くの鉄道に遅れが生じていました。

乗り継ぎで1時間くらい余裕を見ていたので帰りの新幹線には間に合いましたが、結局行きも帰りもドタバタすることになってしまいました・・・。

 

今回の旅行は「余裕のある日程を組むことの大切さ」をしみじみと味わうことになりましたね。

 

まとめ

今回新潟二郎に寄れなかったと書いたのですが、実はもう1つ寄ろうと思っていたけど寄れなかった場所、というか食べられなかったものがありました。

 

そう、万代シテイバスセンタービルの黄色いカレーです!

 

結局空港でレトルトを買って食べたのですが、味はちょい辛めで肉などの具が大きめなのが特徴的。

いやバスセンター寄れたやろって思われるでしょうし、今見たら朝8時からやってるので普通に朝ご飯として食べればよかったなあと後悔しています。マック食ってる場合じゃなかった。

 

それはさておき、タイトルの通り日本酒は1滴も飲まなかったのですがしっかり楽しめました。

新潟というアクセスが難しい場所だからこそ、道中あまり使わないルートを使えたのもよかったですね。

スポット的に一番印象に残ったのはやはり高田世界館でしょうか。

たまには前評判とか関係なしに聞いたこともない映画を観てみるのもアリかもなと思いました。

 

というわけでこれからお盆休みです。

私は結構動き回る予定なので楽しみです。

皆さんはどこかにお出かけの予定を立てていますでしょうか。

 

連休中も働かれる方々はお疲れ様です。

あなたのお仕事で世の中は回っております。

 

そんな方々に感謝の気持ちを表して今回の締めとさせていただきます。

 

ではでは。

【祝】市立福山高校甲子園出場と地域感情について

こんにちは。高岡です。

 

https://www.asahicom.jp/koshien/virtualbaseball/pdf/local/108/hiroshima.pdf

夏の甲子園出場校が出揃いましたが、広島大会ではなんとなんと地元福山の福山市立福山高校が優勝を果たすという一大サプライズを起こしてくれました。

我々地元民は「市立(いちりつ)」と呼んでいるので、「福山」表記や「しりつ」などと言われると一瞬どこ?となってしまいます。

 

私の母校というわけではありませんが、やはり福山の高校が甲子園に出場となると喜びも一入です。

4年前には盈進高校の甲子園出場もありましたし、近年は英数学館の躍進や神辺旭のセンバツ出場の可能性、そして元々力のある近大福山と福山の学校も無視できない存在感を放つようになってきました(まあそもそも人口40万人を超える都市で高校野球の強豪校が皆無というのがおかしな話ではありましたが・・・)。

 

さて、福山市の学校が夏の甲子園に出場したのは108年の歴史の中で僅か5回(今年も含む)。

決勝戦に進出した回数は15回になりますが(それでも少ない・・・)、広陵や広商などの厚い壁に阻まれてきました。

 

 

さらに、これまで甲子園に出場を決めたときの決勝戦の相手は

 

・尾道商(尾道市)

・竹原(竹原市)

・大柿(江田島市)

・尾道(尾道市)

 

とほとんど備後地区同士での潰し合いであり、広島市(安芸)の学校には負け続けてきたのです。

 

(引用:https://bingolife.jp/about/

悪い言い方をしてしまえば、

「広島市の学校が早い段階で負けたどさくさ紛れでしか勝てない」

のが福山市の学校であり、今回市立福山が広商(もちろん広島市)に勝って甲子園を決めたのはまさに偉業中の偉業と言えるのです。

なので今回の市立福山の勝利は、個人的に胸のすくような思いもありました。

 

福山市民としてのアイデンティティ

 

今回の市立福山の優勝に伴い色んなネット記事を読み漁っていたのですが、その中で「おっ」と思ったものがありました。

www.sponichi.co.jp

 

この中の、

 

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優勝直後の小田浩監督のコメントが妙に耳に残った。「チーム福山の皆さまのおかげです」。広島市の人口が約117万人に対し、福山市は約45万人。県内第2の都市で東部・備後の中心とはいえ、県庁所在地の広島市と比べると、やや影が薄い。

歴史的な背景もある。1871年の廃藩置県で備後は一度「福山県」として独立したが、その後、岡山県に合併されたり、広島県に編入されたりと複雑な経緯をたどった。

こうして培われた地域感情を踏まえると「チーム福山」という物言いは、実に興趣に富む。シビック・プライドをくすぐられた市民も多かったのではないか。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

の部分、まさに私の考えていることを代弁してくれているような文章だと思いました。

 

tk0k1975.hatenablog.com

このブログでも何度か言及しているのですが、西日本の人以外に出身が「福山市」と言ってもなかなか分かってもらえないだろうという諦観がどこかにあるので、私はよく自己紹介のときに「広島県出身」だと言っています。

 

福山通運、青山商事、ローツェ、エフピコ、バートル、自重堂といった上場・非上場問わず本社を置く有名企業が多くあり、福山ナンバーの存在や「のぞみ」の停車駅に選ばれていることなど、全国的に見てもなぜここまで無名の存在なのか不思議な我が街福山。

果ては広島市民に「岡山の一部」なんて戯けたことを言われてしまう始末です(実際市立福山を広島県代表と見ることに違和感を持つ人も観測しました)。

 

カープもサンフレももみじ饅頭もみ~んな広島のもの。

福山の名物は・・・くわい?琴?デニム?うーん、渋い。

鞆の浦がモデルになったという『崖の上のポニョ』はもう18年前の映画です。いつまで縋ってる気だ。

娯楽もチェーン店も観光地も本当に少ないのが福山という街です。

なので東京に対するコンプレックスはもちろん、広島市に対してもまあそれなりに思うところはありますね。

 

極めつけは、上京していたときに来たNHKの集金人がたまたま広島市の出身だったのですが、私が福山出身であることを伝えると、

「あー、福山何もないですもんね(笑)」

何もないことは私が一番分かっているのですが、このときばかりはさすがに何か言ってやりたくはなりました(笑)

 

長々語りましたが、福山市の学校が広島市の学校に勝って甲子園を決めた、というめでたいニュースの裏で色々拗らせてる奴もいるってことです。

 

市立福山がもしも甲子園で旋風を巻き起こしたら、これからは胸を張って「福山出身です」と言えるのかなあ。

ま、まだまだこれからのチームですから、今年は甲子園に出てくれただけでも満足ですけどね。

盈進のときはコロナ情勢もありなかなか難しかったですが、今年はぜひ現地で彼らの活躍を見届けたいと思いました。

 

ではでは。

 

(8/11追記)

というわけで現地まで観に行きました。

アルプス席で観ていましたが1球ごとに歓声が起きていて凄かったですね。

個人的にはホームランを打たれた後に連続で好守備が出たところで感動しました。

覆しきれない力の差はあったものの、「これが『全国レベル』だ」と教えてくれるような強豪が相手で逆によかったのかなと思いました。

今回は「甲子園に出られただけで十分」という段階ですが、ここから福山勢が躍進するには必要な一歩だったと信じています。

朝井リョウ『正欲』を読んで感じたことについて語る

こんにちは。高岡です。

 

tk0k1975.hatenablog.com

前の記事で、最近は朝に読書をするようになったと書きました。

その時点で現在読んでいるのは朝井リョウの『正欲』だという話をしたのですが、ようやく読み終えたので感想を述べていきます。

これからは読んだ本やアニメの感想記事なんかもちょくちょく投稿していこうかなと。

 

それにしてもこの朝井リョウという作家は凄いですね。

2026年の本屋大賞では『イン・ザ・メガチャーチ』が1位に選ばれましたし、過去に映画化された『桐島、部活やめるってよ』もこの人の作品だったとは!

もはや書けばヒットする、漫画界でいうところの高橋留美子、松井優征のような存在です。

ちなみに『イン・ザ・メガチャーチ』も購入したのでこれから読んでいきます。

 

 

さて、作品の感想ですから当然ネタバレも含まれるので、その点はご容赦頂ければ幸いです。

気になる方はぜひ読んでみよう!

www.amazon.co.jp

 

 

 

ざっくり概要

この物語の登場人物は、ざっくり分けて3タイプに分類できます。

 

①特殊な性癖を持つ者たち

・桐生夏月

・佐々木佳道

・諸橋大也

 

上記の3人は、「人間には性欲を抱かないが、水には性欲を抱く」という一般的には理解されがたい性癖を持っています。

3人共、自らの性癖は周囲には理解されないものであることを認識しており、他人と積極的に繋がりを持とうとはしません。

ですが、心の中では「繋がり」を求めていたのです。

 

②自分の「正しさ」を疑わない者

・寺井啓喜

 

彼は検事という「社会正義」を体現する職業に就いていることもあってか、人生における「正しいルート」に執着している節があります。

彼の小学生の息子が不登校になってしまい、YouTuberとして生きていきたいと主張を始めます。それに対し、彼は頑なに学校に戻ることを勧めますが、彼の妻が息子に寄り添う姿勢を見せたことで、徐々に家庭内に不和が広がっていくことに・・・

 

③「対話」しようとする者

・神戸八重子

 

大学生の彼女は、元々自身の容姿にコンプレックスを抱えていたのに加え、自身の兄がよりにもよって素人JK妹モノのAVを好んで見ていたことをきっかけに、異性からの目線を恐れるようになってしまいます(AVバレについては勝手にPCを覗いたので擁護はし難いが・・・)。

大学で開催されるミスコンに疑問を抱き、「ダイバーシティフェス」を開催して性的マイノリティ同士の「繋がり」の場を作ろうとします。

最初は、彼女も自分の考える「正しさ」を押しつけるタイプかと思って読んでいましたが、最後の最後にどんでん返しを見せます。

 

「私が一番不幸なんだ!」

・・・と思っているかは分かりませんが、

ぶっちゃけネット上に見られる「生きづらさ」を主張する人ってこんな感じじゃないですか?

 

「私がこんなに苦しんでいるのに世の中の人/会社の奴ら/先生達は私のことなんて全然分かってくれない!受け入れてくれない!」

 

そして、こういう人たちは同じ口で、他人や他の価値観を平気で「働かないおじさん」だの「老害」だの馬鹿にします。

 

夏月・佳道・大也の水フェチ3人衆にしても、勝手に自分は世界から拒絶されたと思い込んで、遂には社会に対して恨みを抱くようになり、

「『多数派』は何の苦労もせず社会的に正しいとされているものを正しいと思えて良いよなあ~」(意訳)

とすっかり捻くれてしまいます。

 

いやね、

そりゃ他人を拒絶したり嘲笑したりしている人間が他人に受け入れてもらえるわけないやろがい!!!

まあ作中では最終的に、

「俺らが羨ましがってた人達にも結局それぞれの苦しみがあるのだ」

ということに皆気付いてたからいいんですけどね。

 

当たり前ですけど、他人を馬鹿にしたり、見下していたらそれは絶対自分に返ってくるんですよ。コミュニケーションとは双方向に行われるものですから、他人の態度は自身の鏡映しです。

他人がおかしいのではなく、もしかしたら自分が世界との向き合い方を変えたほうがいいのかもしれない。そう考えることが「生きづらさ」解消への第一歩なのではないでしょうか。

 

言わないと伝わらないことだらけ

同じマイナーフェチで同級生だった夏月と佳道は、結婚という「生存戦略」を採ることで奇跡的にお互いにとっての理解者を得ることができました。

ですが、そんな都合の良いことなんてそうそう起こることはなく、大也はなかなか繋がりを得ることが出来ず、所属していたゼミやサークルでも浮いた存在となっていました。

 

そもそも彼自身が周囲とコミュニケーションを取ることを完全に諦めており、所属したダンスサークルでは、男子同士の猥談に全くついていけずにゲイ疑惑を被せられたり、「自分の理解者」として一方的に好意を寄せてくるサークル長の優芽を疎ましく思っていたり、本来やりたくもないような写真撮影を渋々こなしていったりしています。

サークル以外の場でも、所属するゼミでは、八重子の「彼を放っておけない」という思いからこれまたやりたくもない合宿の実行委員に指名され、優芽と重なる彼女をやはり疎ましく思うのでした。

彼はいわゆる「イケメン」として描かれているのですが、本来なら利点とされるこの要素が、彼にとってはこのようにむしろマイナスに働いているのも面白い部分だったりします。

 

そしてここからがこの本を読んで個人的に一番大事だと思ったことで、最終的に彼は八重子と意見をぶつけ合って「対話」したことで、お互いのことを理解は出来ないまでも、そこには確かな「繋がり」が生まれたのです。

 

結局のところ、我々はお互いの意思を表明し合って、それを確認し合う作業を積み重ねていくことで生きていくしかないのです。

 

言っても分かってもらえないことは多々あると思います。

「俺は水フェチなんだ」と言ったところで、変人扱いされるのがオチでしょう。

ですが、「俺はこの行事には参加したくないです」「○○がやりたいです」という意思表示は万人に通じます。

 

確かに意思表示ってとても勇気がいる行為なんですよね。

私自身も、「嫌だけどその場の空気的に断りづらい」という場面は何度も経験してきました。「最初は嫌だと思っていたことでもやってみると意外に楽しかった」ことも結構あるものですが、大也の場合はただただ嫌なことを我慢し続けていただけであり、明らかに不健全な状況です。

 

ですが、サークルの面々や八重子達は、決して悪意があって上記の行動をとっていたわけではないと思います。

だって渋々やっていたかどうかなんて本人以外には分からないし、なんだかんだで断らなかったのだから、それこそ

「本当はまんざらでもないんでしょ?」

と無邪気に考えてしまっていたのでしょう。

 

特に現代はコミュニケーションが大きなコストだと捉えられがちで、だからこそ退職代行なんてものがビジネスとして成立しちゃうんでしょうけど、「自分の意思を伝える勇気を発揮しなければならない機会」って人生のどこかで絶対やって来るんですよね。

私も前職で、上司に退職の報告をするとき、本当に胸が張り裂けそうな気分になりました。でもこのとき自分でちゃんと言えたからこそ、自分の中でしっかりとケジメをつけることが出来て、その後の達成感もまた格別でした。

その勇気を全く発揮しないままだと自己肯定感もなかなか生まれないと思いますし、一生他人の意見に流され続ける人生になってしまうでしょう。

 

「孤立」を選ぶか、別の場所に移るか

前段で意思表示は大事だと言いましたが、かと言って飲み会や休日の会社行事などを全て断るというのが賢いやり方だとは思えません。

 

私が本書の中で最も嫌いな、というかこの本を読んだ方なら嫌いなキャラ1, 2位には確実にランクインしてきそうな「田吉」という人物がいます。

彼は佳道の上司として登場するのですが、付き合いが悪く徹底的な秘密主義を貫く佳道を疎ましく思っており、何かと嫌味をぶつけています。

「結婚しない奴はまともじゃない」と言って憚らない一方で、佳道が夏月と結婚したらしたで「本当に結婚しているのか?」などと言い出す始末。

終盤で彼は佳道のことを「自分のことを喋らなすぎて怪しい」と思っていたことを明らかにします。

 

さすがに現実でもここまで嫌な奴はそうそういないんじゃないかと思ってしまいますが、コミュニティ内で人間関係を築くことを放棄するってそういうことなんですよね。

 

最近だとTwitterで「不登校児が修学旅行などの特別なイベントに突然参戦してくること」が少し話題になっています。

普段の人間関係がまともに構築されていないのに、いきなり泊りがけの班行動にぶち込むのはあまりにもハードルが高いですよね・・・。

これについては本人というよりも親や教師のせめてもの老婆心なのかもしれませんが、想像力に欠けているとしか言いようがありません。

 

上述しましたが、自分が他人を受け入れなかったのに、コミュニティ内に自分の居場所があると思うのは大間違いです。虫が良過ぎます。

孤立を選んだのなら大人しく孤立をし続けるか、自分が他人との接し方を変えるより他は無いのです。

 

コミュニティに居場所が欲しいのであれば、最低限のルール・秩序は絶対に守るべきなんですよね。

どんなに皆が心地よく暮らせるコミュニティを作ろうとしても、誰かの自由と他の誰かの自由は必ず衝突することになり、それを放置すればコミュニティは崩壊してしまうからです。

 

どうしてもコミュニティに居続けるのが無理だと思ったらどうすればいいか?

会社なら上司の上司に相談して部署を変えてもらうなり転職なりすればいいですし、プライベートなら引っ越すという手もあります。

 

大人のメリットは、

「所属するコミュニティを自由に変えられる」

ことにあると思っています。

 

もっとも、1から10まで自分の思い通りになるコミュニティなんて存在しないことは認識しておくべきですね。当たり前のことではありますが、初日で辞める新入社員の報告とか見てるとこれを理解出来ていないんじゃないかなと思ってしまいます。

「石の上にも三年」は古いというのが最近の風潮ですが、やはりある程度の期間はいないと良いところも悪いところも本当の意味では分からないとは思いますけどね・・・。

会社なら給料が高いとか休みが取りやすいとか、本来はメリットとデメリットを天秤にかけてじっくり検討しなきゃいけないことなはずですが・・・。

 

結局「生きづらい」人って・・・


夏月・佳道・大也の行動を見て思ったのですが、彼らは過去にトラウマがあるとはいえ、他人との衝突・自己開示に対する恐怖、地元や職場の閉塞的な人間関係を疎ましく思いつつも引っ越しなどで自分から動こうとはしないなど、

彼らに共通するのは水フェチであることだけでなく、

 

・極端なリスク回避思考を持っている

・能動的に動かない

 

ことが挙げられるのかなーと・・・

 

物語終盤で大也は八重子と意見をぶつけ合うことで、初めて他人との「繋がり」を実感しますし、佳道は夏月と結婚、そして自ら水フェチ同士のオフ会を主催することで自分から「繋がり」を得ました。

最終的には自ら行動したことで人生を好転させていったわけですね(なお・・・)。

 

転職や引っ越しは確かにハードルが高い行為ではありますが、佳道のように趣味のコミュニティを作ることは、SNSが発達した現代においては比較的容易に出来るようになっています。

自分が主催するのはちょっと・・・と思ったのなら、他人が作ったコミュニティに参加すればいいのです。ただし、その場合は他人の定めたルールに従う必要はありますが。

私の場合も勇気を出して駅メモの草野球オフ会に参加したことで、今はいつかホームランを打ちたい!という思いが日々の大きなモチベーションになっています。

 

自分から行動せず、ただ不満を垂れているだけの人は、ある意味社会に期待し過ぎているんですよね。

日本の就活システムはおかしい!とSNSで主張し続けていれば、政治家がたまたまそれを見て政策を作ってくれるかもしれない。

日々の仕事量に文句を言っていれば、いつかは誰かが職場改善の働きかけをしてくれるかもしれない。

童貞アピールをしていれば、いつかは自分のことを受け入れてくれる女の子が現れるかもしれない(突然の自傷行為)

 

組織や大きなコミュニティのシステムを変えるのは多大な労力と時間が掛かります。断言しても良いですが、誰もあなたのために仕組みを変えようだなんて決意してはくれません。

 

「マニュアルは血で書かれている」という言葉をご存知でしょうか。

工場などで、人命が失われるような事故が発生してからようやくルールが変わることを意味する言葉ですが、悪い言い方をすれば誰かが「生贄」になるくらいのインパクトがないと世の中の仕組みが変わることはないのです。

 

まあ、あなたがその「生贄」になるつもりなら止めはしませんけど・・・

 

自分の「好き」を開示すること自体に抵抗があるよねという話

話が変わりますが、私、アニメにハマっていた中高生時代はそれはそれは痛い奴で、学級日誌にアニメのミームを用いてはドン引きされたり、文化祭的なイベントで自クラスの出し物の名前を決めるときは、アニメのタイトルを捩った案を出したりしていました。

そんな黒歴史を経験して今ではすっかり自分のオタク的部分を開示することに気恥ずかしさを覚えるようになっちゃいました(スポーツ観戦趣味なら全然抵抗なく話せるのですが・・・)。

 

それはリアルのみでなくTwitterなどのSNSでも同様です。

Twitterでは大っぴらに性癖を開陳してる人とか、狂ったように怒涛の文章で「好き」を発信したりしてる人とか、ファンアートを描く人とか色々いますが、個人的にTwitterは「公共の場」という考えがあるので、やっぱりそういうのは憚られちゃうんですよね~・・・(そもそもそこまでの熱量を持てるだけのコンテンツが無いとも言えますが)。

なんなら個人的にはリアルよりTwitter上のコミュニケーションの方が難しいとさえ思っています。文章のみで自分の気持ちを相手に伝えるのがいかに困難なことか・・・

 

そんなこともあって、登場人物が自分の癖をなかなか共有出来ずに悩んでいることに対してはちょっと気持ちが分かるんですよ。

 

そして、そういう方はこのようにブログで発信するのがおススメだと思っています。

 

SNSだとあまりにも簡単に広まり過ぎてしまうし、限られた文字数で自分の意図と違った受け取られ方をしてしまうこともあります。

でもブログであれば文字数に余裕があるので自分の気持ちを余すところなく表現できますし、こんな場末のブログを見に来て最後まで文章を読んでくれるような方に悪人はほぼいないと思っているからです(笑)

なので記事にスターやコメントがつくと、「あ、読んでくれているんだなあ」と思ってモチベーションになっています。

 

本書の中で、「対等性と閉鎖性」が人と人との繋がりの網には必要だとありましたが、私にとってはまさにこのブログがそれを満たしているのです。

 

まとめ?

この物語は「多様性」がメインテーマに据えられていますが、元々多様性に対する私の考えは一貫して「人類にとっては早過ぎる概念であり欺瞞に満ちている」というものです。

 

tk0k1975.hatenablog.com

tk0k1975.hatenablog.com

 

なのでそれについては過去記事を読んでもらうとして、

どちらかというと、SNSによる個人主義が発達した中での「生きづらさ」とかコミュニケーションとか、そちらの方に主眼を置いて読んでいました。

 

前述したように、現代ではとにかく人とのコミュニケーションをリスクと捉える人が多くなりました。

私もリスクとは言わないまでも、今まで散々宗教だのネットワークビジネスだの借金だの人間関係のトラブル(?)を味わってきたので、なかなか上手くいかないなあと常に感じています。

 

そして、近年では生成AIの台頭により、コミュニケーションの在り様も変化しています。

恋愛を始めとした人間関係の悩みをChatGPTに相談する人も多いようですね。なんなら生成AIそのものに恋愛感情を抱いてしまう人までいるのだとか・・・。

特にChatGPTはユーザーの意見を否定せずに受け入れてくれるらしく、その共感性の高さが人気の要因にもなっています。

 

佳道は、自身のことを誰にも分かってもらえずに苦しい思いをしてきたことで、逆に他人の評価に依存せず、自己について深く考える機会が育まれたのではないかと分析しています。いわゆる「自分軸」の確立ですね。

仮にそうだとすると、常に隣に自分のことを全肯定してくれるAIがいる現代ってとても便利だけど、とても恐ろしい時代なんじゃないかと思えてきました。

 

理不尽な感情の機微がある人間なんて要らないのだということに気付きつつある人類は、既に滅びの道に入っているのかもしれませんね・・・。

 

 

ちなみに私はブログの執筆にAIを用いる気は一切ありません。

今回の記事も構成にめちゃくちゃ迷ったので下書きだけでも使おうかと一瞬思ったんですけどね・・・。

このブログを収益化していれば話は別ですが、あくまで趣味でやっているわけですから、考えて、悩んで、たとえ稚拙でも自分の言葉で考えを伝えるというプロセスを大事にしていきます。

 

ではでは。

金を貸した知人と縁を切った話

こんにちは。高岡です。

 

なんとも不穏なタイトルですが、今回は愚痴みたいなもんです。

個人間で金の貸し借りをするとこうなるよーという生々しい実態を語りますので、今現在知り合いに金をせびられて困っているという方や、貸している方は参考にしてみてください。

 

・・・もし金を借りている方が見ていたら、せめて金を貸している側の心理について想像する機会にしてもらえれば幸いです。

 

 

①突然の邂逅

3年ほど前、その電話は何の脈絡もなく突然かかってきました。

電話の主は、長年連絡を取っていなかったかつての友人でした。

 

まともな人なら真っ先にマルチか宗教の勧誘を疑う場面、まあ私も最初は警戒していたのですが、なんだかんだ単純な男です。結局その懐かしい声にすっかり絆されてしまいました。

内容は当然「金に困っているから貸してほしい」というもの。

なぜ私に掛けてきたのかと問うと、私と名字が同じ先輩に掛けるつもりが、誤って私のところに掛けてしまったとのこと。

・・・もっとも、私の他の友人にも声をかけていたらしく、それも偶然を装うための嘘だったことが判明しますがそれはまた別のお話・・・。

 

で、いくら欲しいのかと尋ねると、なんと10万円。

今の私にとっても勿論大金ですが、関東時代は毎月カツカツだったので、10万円ともなると文字通り身を切る覚悟も必要になってきます。

 

ですが彼の窮状を聞くにつれ無視することも出来なくなってしまい、結局ポイントサイトなどで得た金などを貸してやりました。

 

②それから・・・

他にこれだけ気前よく貸してくれる知人はいなかったのでしょう(当たり前体操)。

彼はそれからも私を頼るようになってきました。

 

頼られる分には悪い気はしなかったし、

何より彼の話では、

・親と折り合いが悪くて実家を頼ることは出来ない(独身なはずだが名字が変わっていたのでこれは信憑性が高いか)

・1社目の待遇に嫌気が差して入った2社目が給与をまともに払わないトンデモブラック企業で、おまけに転職のために引っ越した際に住民税の手続きに不備があり、支払わないと色々不味い状況

 

らしく、「困っている人がいれば助けたい」という精神をいっちょ前に持っているつもりだった私は、その後も保有している個別株を売るなどして彼に金を貸していきました。

 

ですがあるときを境に連絡が途絶え、私も特に金を返せと要求することなく時が過ぎていきました。

なぜ要求しなかったかといえば、ここまで渡したお金はくれてやるつもりだったからです。

よく「誰かに金を貸すときにはあげるつもりで貸せ」なんて言いますがまさにそれですね。帰ってくれば私にとってはそれが一番ですが、それでトラブルになるのも面倒でしたし。

このまま連絡が来ないで関係が終わっていたなら、むしろその方が良かったのかもしれません。

 

③Uターンをきっかけに

大学進学と同時に上京した私と異なり、彼はずっと広島県内に留まっていたようで、私が地元にUターンを決意したくらいのタイミングで、また彼からちょくちょく連絡が来るようになりました。

というのも、彼は今まで借りた金を返したいと思っていたようです。

 

これには私も素直に喜びました。

これまで貸した金が返ってくるのは勿論ですが、借金が無くなれば債務者と債権者ではなく、あらためて友人になれると思ったからです。

 

私の卒業した学校は進学校であり、地元に残る人間は少ないです。

いてもせいぜい医者か、県内といっても県都広島に居を構える人も多く、ただでさえ交友関係の狭い私ですが、関東を離れたことで気軽に会える友人はほぼ皆無になりました。

そんな中で身近な知人は貴重だったということもあり、

 

「今は金の貸し借りをしている関係だけど、いずれお互いに気軽に悩みとかを相談できる関係になれればいいなあ」

 

なんて呑気なことを考えていました。

 

そして彼と会ってカフェで話していると、

「ちゃんと返すために契約書類を作ろう」

と言ってきたので、ネットに転がっているフォーマットを利用して作成しました。

以下がその書類の一部ですが、今まで貸した金を分かる範囲で集計するとなんと48万7000円!

俺ってこんなに金持ってたのか・・・(困惑)

話し合った結果、月3万円の返済をしてもらうことになりました。

まあタイトルからお分かりでしょうが、当然全額返ってくることはありませんでした。

 

一応返ってきたことはあるのですが、結局毎月どころか計3回、11万9000円しか返ってきませんでした(いくらかでも返ってきただけマシかも・・・?)。

しかもこの契約を締結した後もいくらか金を貸しているので、結果的に50万以上は貸していたことになります。

 

【金を返さない人の華麗なる言い訳集】

もちろんこんなに可愛くはないです。

・インターネットバンキングが使えない

いざ返済日の夜になって彼から

「振り込んだから確認して」

とLINEが来ました。

深夜ということもあり振込は翌日だろうと考え、9時頃から口座をずっと確認していたのですが、待てど暮らせど振り込まれる様子はなく・・・

 

そのことを問うと、

「振込完了画面は表示されていた」

とのこと。

一応スクリーンショットは送られてきたものの、振込完了画面ではなく、あくまで振込予定日が書かれただけの画面です。

舐めてますねえ~。

 

・銀行口座が凍結された

彼曰く、「知り合いが闇バイトに加担していたことが発覚し、以前に金銭のやり取りをしたことがある自分の口座も巻き添えを食らって凍結された」とのこと。

しかも、その口座に入れていたお金も使えなくなったそうです。

一応銀行に勤めている友人にもこの件について話を訊いてみましたが、そんな事例は聞いたことがないとのこと。

確かに闇バイトで口座の売買をした人が二度と口座を使えなくなる、という話は耳にしますが、凍結された人と何も知らずに金銭のやり取りをしていただけで口座が使えなくなるのはさすがに怖すぎますねえ!

 

・ATMが使えない

彼の現在の職業はとある工場での生産管理のような業務らしく、何日も家に帰れない状態が当たり前になっているとのこと。

また、その工場はとある大企業の敷地内にあるため、ATMの類が使えないらしいです。

 

検索すると、その敷地内にはコンビニがあり、確かに「ATMあり」と書かれているのですが、それを彼に問いただしても「送金はできない」の一点張りでした。

んなアホなとは思いつつも、部外者である私が立ち入れるはずがないので実情を知ることは出来ません。

 

なら外に出たタイミングで払えばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、どうも外のコンビニでもなぜか自身の口座からは送金出来なかったそうです。

んなアホな。

 

そもそもあまりの忙しさに工場の外に出る機会すら滅多に得られないのだとか・・・。

私なら仮病でも使って抜け出しますけどね。

 

・転職しない

彼の会社は2次受けの立場で、最近1次受けの会社からウチに来ないかと声をかけられたそうです。

彼曰く、今の工場に缶詰めという状況よりはマシになるだろうとのことだったので、またしても素直に喜んだのですが、どうも転職には後ろ向きのようでした。

理由を問うと、

 

「転職をすると給料が下がるらしいし、俺はこの仕事に満足してる。働いた分だけのお金は貰えるし、早くお金を返してこの関係を終わらせたい」

 

なるほど殊勝な心がけですね!

・・・お前がその仕事でずっと缶詰めなせいで借金を返せていないことを除けばな!

 

―――――――――――――――――――――――――――

まあとにかく連絡すれば毎度この調子で話が全く進展しませんでした。

そのくせ向こうはいっちょ前に仕事で疲れてるんだ感を前面に出してくるので腹が立ちましたねえ!

これも今思うと、こちらの同情を誘い催促をしづらくする作戦の1つだったのかもしれません。

「仕事と私、どっちが大事なの!?」というドラマのド定番セリフも、今ならその気持ちが分かります。

 

【金を貸して分かったこと】

全員に当てはまるわけではないと思いますが、彼の行動で特徴的だと思った部分をいくつか挙げていきます。

 

・全然連絡を寄越さない

まあ当たり前ですよね。

向こうからすればわざわざこちらに借金の存在を思い出させるメリットが無いのですから。

ですがそんな彼から連絡が来ることもあります。

それはどんなときか?

 

そう、金の無心です。

 

こちらの催促はのらりくらりと躱すくせに、向こうは

「困っているからすぐに貸してほしい」

「即時振込にしてほしい」

と要求ばかりです。

 

なんと虫の良い話でしょう!

 

こういうとき、

「橋本環奈が言ってたら許せる」

みたいなことを言う人がたまにいますが、

どんな美人でもこんな態度を取られた日には百年の恋も冷めるってもんです。

 

・返そうとする意思は示す

もういっそバックレてしまえば良いような気もしますが、こういうところは変に律儀なのか、時々思い出したかのように連絡をしてきては、

「明日は久々に休みを貰えそうだから返済する」

と言ってきます。

そして翌日になっても当然振込は行われず、問い詰めると

「○○の工程が遅れて抜けられなくなった」

とお得意の言い訳モードに入ります。

 

もう何がしたいねん。

 

まあ恐らくはアリバイ作りのつもりなんでしょうけど、変に期待を持たせて裏切るほうがよっぽどタチが悪いですよ・・・。

 

【どうしてもお金を貸したいとき】

別に私は貸すなと言うわけではありません。

ですが、貸すからには以下の点を必ず頭に入れておいてください。

さもないとトラブルの元になってしまいます。

 

・貸した金はまず返ってこない

理由は簡単。なぜなら当人に返済能力が無いからです。

 

一般的な借金の手段としては、

 

・クレジットカードのキャッシング

・カードローン

・消費者金融

 

などが挙げられますが、わざわざ個人間融資を希望するということは、

上記に挙げた手段を採れなかった、あるいは既に経験した上で頼みに来ています。

 

既に金融機関のブラックリストに入っているか、多重債務の蟻地獄に肩まで浸かっている可能性が高いため、法的な拘束力の弱い知人間での借金の優先順位は当然最低になります。

その上でなお金を貸すのであれば、やはりよく言われる「あげるつもりで貸す」しかありません。「このくらいならスられてもまあいいか」と思えるくらいの金額に留めておきましょう。

 

・・・とはいえ、その時々では「まあいいか」と思えるような金額でも、それが積み重なると私のようにウン十万という額になってきますので、「合計○○万まで、それ以上は何があっても貸さない」というラインだけはきっちり定めておくべきです。

 

・苛烈な取り立てをしない

私の場合、一応貸借契約書なんてものを作りましたし、支払いが遅れた場合の事項も記載されてはいますが、こんなものはほぼほぼ意味が無いと言えます。

せいぜい借金額の合計を確認できる程度です。

 

もちろん1つ目の「当人に返済能力が無い」という理由が大半なのですが、それ以外に逆恨みを防ぐという目的もあります。

 

ただでさえ返済能力の無い人間から財産を奪うような真似をすれば、最悪「無敵の人」と化してこちらの生命を脅かしてくるでしょう。

闇金のように組織立っていればまだしも、個人に出来ることには限度があります。

 

我々債権者に出来ることは、借金を自分で返済する意思が彼らに芽生えるのを待つことのみです。

 

・もう昔の関係には戻れない

今回の場合は特に、本人が「返す」と言ったのに返さない、アイツは約束を守れない不誠実な奴であるという認識が確固たるものになってしまいました。

金が絡むとやはり人間の本性が出てしまいますよね。

というより、善人だろうとクソ野郎だろうと「無い袖は振れない」ので、変に取り繕おうとせずそのことを素直に白状してくれればまた違った展開もあり得たのでしょうけど・・・。

 

・専門の公的機関やNPO団体などを紹介する

今回の件に関しては私にも問題はあると思っていて、カンボジアにとりあえず学校を建てるがごとく安易に金を貸してしまったということ、それはつまり他の選択肢を最初から排除してしまったことに他なりません。

 

「貧すれば鈍する」という言葉もある通り、困窮した人間は視野が狭くなります。

そして私は貧困問題の専門家というわけではないので、視野が狭くなった人間×専門知識を持たない人間という最悪のコラボレーションです。

 

というわけでもし金を無心されたときは、

「まずは持ち帰って対応策を検討します」

のサラリーマンムーブが最も効果的であると思われます。

 

持ち帰ったうえでどうしても助けたいということになったら、そのときは専門家を探して繋いであげましょう。

お金を貸すのはどうしても緊急性がありそうだと判断した場合のみにしましょう。

 

「本当に支援が必要な人は助けたいと思う姿をしていない」

あなたも一度はこんな話を聞いたことがあると思います。

私は「少しでも彼の助けになれれば」と思って金を貸しましたが、結局上記の通り、連絡する度彼の態度にイライラさせられ、最終的に縁を切るまでになりました。

こう言っちゃアレですけど、負のオーラというか、彼に関わり続けていたらこちらまで蟻地獄に引きずり込まれそうな気がしたんですよね・・・。

 

今回「人助けごっこ」をして思ったのですが、貧困支援をやっているNPO団体の方とかって凄いです。

たぶん彼なんて比ではないレベルの「常識」の通用しない世界に身を置いているのですから。

彼にお金を貸している中で一番きつかったのは、途中からこちらの善意を「当然差し出すべきもの」であるかのような態度に見えてきたことですかね。

人助けに見返りを求めるものではないとは思いますが、やはりこちらが一方的に与えるだけなのはしんどいです。

 

まとめ

繰り返しますが、元々は私も返ってくることを諦めていたんですよ。

それを向こうが返すからと言ってきて、変に期待させられた分、それを裏切られたことがショックでしたね。

出来ないことを約束するのは会社の業務目標だけにしとけ!

 

ところで、この記事を書くにあたって思い出した人物がいます。

それは『LIAR GAME』に登場する神崎直(かんざきなお)です。

彼女はとにかく馬鹿正直でお人好しな性格の持ち主として描かれていましたが、私も似たようなもんかもしれないなあと思いました。

 

でも神崎直は戸田恵梨香が演じたからこそ人気が出たのであって、お人好しで情弱な30代独身男性なんて誰得だよって話です。まあ風俗嬢とかには人気(笑)が出るかもね

 

ただ、私の信条として、

 

最初から人を疑ってかかりたくない

 

というものがあります。

だから宗教やネットワークビジネスの勧誘にもホイホイついて行ってはその度に社会勉強をさせられています(一応いずれも逃げることは出来ています)。

基本的に人間の善性を信じているので、現代社会で生きるのにはあまり向いていないのかもしれません。

でも、多数のゴミの中から1つでも宝が見つかればそれで良いんじゃないかなとも思っています。

 

・・・こんなことを言っている私ですが、

もし私が路頭に迷うことになってしまい、助けを求めたら果たして何人が助けてくれるんだろうなと思うとちょっと怖くなることもあります。

ま、結局のところ日々やることをやっていくしかないんでしょうけど~~~・・・

 

そろそろ収拾がつかなくなってきそうなので、この話はここまで。

 

ではでは。

通勤なんて近い方が良いに決まってる

こんにちは。高岡氏です。

GWの草野球オフが雨で中止になり、お出かけの予定が消え失せてしまいました。

なんか今春はやたら雨が多いですね。

冬は水不足が叫ばれるほど雨が降らなかったのでその揺り戻しでしょうか・・・

 

さて、GWといえば、新会社人にとってある意味最初の関門と言うべき期間です。

4月から始まった新生活にもまだ完全には慣れ切っていないところでの大型連休。

特に地方からの上京民にとっては、「こんな通勤地獄をあと40年も味わうのか・・・」という憂鬱もあり、衝動的に辞めたくなってしまってもおかしくはありません。

 

私も満員電車通勤を経験してきた結果、

「こんな地獄はもうたくさんだ!」

という結論に至り、地元福山へのUターン転職を果たし、今では会社への通勤時間は徒歩5分という環境を手に入れました。

 

そんな私が満員電車通勤とはいかにクソか、そして徒歩通勤の素晴らしさを語っていこうと思います。

 

 

満員電車はクソその①:超高ストレス空間

私の満員電車での出来事を一つ。

転職直前は小田急で相模大野~新宿間での通勤をしており、その日もいつもの快速急行で会社へと向かっていました。

 

すると後ろからやたら背中をグイグイ押してくるおっさんがいたので、イライラして肘で押し退けるような仕草をしたらキレられました。

そのおっさんは仕返しに私の足を思いっきり踏んづけてきたのですが、そのとき私の隣にいた男性もその仕返しの巻き添えを食らって足を踏まれてしまい、「痛いな!」とキレててさすがに申し訳なかったです。

その後も新宿に着くまでずっと足を踏まれ続けましたが、これ以上やると殴り合いの乱闘に発展しそうだったので反撃せず、新宿に着くまでじっと耐え続けました。

 

カッとなって肘を出した私がどう考えても悪いのですが、満員電車というのはパンパンに膨らんだ風船のようなもので、少しでも刺激を与えると破裂してしまうのです。
皆そのギリギリで鬩ぎ合っており、そんな空間が体と精神に良いはずがありません。

 

満員電車はクソその②:行動が著しく制限される

あの密集地帯で出来ることなんて、基本的にスマホを触るか車内広告を見続けることくらいです。

通勤中も自己投資をして時間を有意義に使えてます✨️みたいな意識高い人もたまにいますが、正直そういう人は普通にその通勤の時間家にいたらもっと有意義に過ごせるんじゃないかと思います。

静かな空間よりも少し騒がしいくらいのほうが集中できるという人がいるのは分かりますが、満員電車なんて騒がしいどころの話ではないでしょう。

運良く椅子に座れたとして、縮こまらないと本も満足に読めず、姿勢の悪化につながります。

 

あとこれは個人的な話ですが、基本的に周りの人にスマホ画面や自分の読んでいる本の中身をあまり見られたくないんですよね~・・・。

なのでどのみちあの空間で集中して自己投資なんてとてもじゃないけどできません。

できてる方は特異体質というか才能だと思うので、誇っていいと思います。

 

満員電車はクソその③:耐えてこそ一人前という風潮

これは私が転職を決意する少し前の話ですが、前職ではコロナ明けでリモートワーク中心から出社を要請する方針に切り替わり始めていました。

出社させるならせめて会社に近いところへ住みたいということで、家賃補助導入の声も上がり始めていた頃でした(なお現在では無事導入されているみたいです。よかったよかった)。

 

当時の私は当然大反対だったので、先輩社員に、

「いやー、通勤きついっすね〜。満員電車嫌ですよ〜」

と愚痴ったところ、

「そのくらいで音を上げてちゃダメだよ〜」

と一笑に付されました。

 

その先輩社員は東海道線で横浜より西から通勤しており(確か辻堂あたりだったような気がする、ちなみに川崎〜品川間の混雑率は小田急の最混雑区間を超えています)、私よりも厳しい通勤事情を抱えていました。

 

ですが、この何気ない一言に、確かに私の中で糸がプツリと切れるのを感じました。

というか無性に腹が立ちました。

 

普通に考えてあんな高ストレス装置に毎日揺られる方がおかしいのに、なんで俺が根性なしみたいに思われにゃならんのだ???

 

以前にTwitterで、「満員電車で通勤できるのは才能」というツイートに対し、

「それはお前が社会不適合だからだろ」みたいな噛みつき方をしてる人がいました。

また、4月になると「満員電車の乗り方」について講釈を垂れるアカウントが散見されるのも恒例です。


私に言わせれば「満員電車の乗り方」なんて一生知らずに生きていける方が遥かに幸せです。

満員電車に乗れないのが社会不適合者だという方は、例えば月残業100時間に耐えられないのは社会不適合者だと言われたら納得するのでしょうか。

 

徒歩通勤5分男の平日スケジュール

あれこれ言うより、職住近接がいかに素晴らしいかの実例(私)を紹介しましょう。

 

7:00 起床

以前は8時に起きていましたが、眠くなったときに寝るようにしたらいつの間にか7時に起きるようになっていました。

今は目覚まし時計をセットせずに起きています。

 

7:00 ~ 8:00 朝食&準備

1時間もかけなくても準備はできるのですが、なんやかんやでSNS巡回とかしちゃってます。意識高い人ならもうちょっと良い使い方をするんでしょうね。

 

8:00 ~ 8:50 読書 or 勉強

最近AWS-SAA(AWS版応用情報技術者試験的な資格)に合格しましたが、そのときはこの朝の時間を使って勉強していました。

多くの人間にとっては朝が最も頭の冴える時間ですからね。

 

また、最近は読書習慣をつけるようにしました。

今読んでいるのは朝井リョウの『正欲』です。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A3%E6%AC%B2-%E6%9C%9D%E4%BA%95-%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%82%A6/dp/4103330635

 

電車通勤ならこの時間はひたすら駅メモでチェックインしかできないのでえらい違いですね。

 

9:00 ~ 18:00(18:30くらいまで残業も)労働

なんか今年から定時が少し早まって17:45になりました。

ですが年間の総労働時間が決まっているため、そのぶん土曜日を出勤日にして、帳尻合わせのためそこに有給を充てるという訳の分からんムーブをかまされて有給が勝手に3日減りました。

それさえなければ普通に良い会社なんだがなあ・・・

 

それはさておき、徒歩5分なので昼休憩の時間に家に戻って家事をすることが出来ます。

洗濯物を干したり食器を洗ったりやりたい放題!

一人暮らしに必須級の時短家電として食洗機・ドラム式洗濯機が挙がりますが、そんなものを買わなくても通勤時間の削減こそが一番の時短だってはっきりわかんだね。

 

どのみち私にとっては家事をしながらYouTubeを見るのが憩いの時間だったりするので、何でもかんでも時間の無駄だという風潮には賛同しかねます。

 

18:30 ~ 21:00 ジム or 夕食とか

週1, 2回、会社の近くにあるジムに通っています。

筋トレ→ランニング→スイミングの順番がルーティンになっています。

ジムの日は夕食の時間が21時以降になります。

 

よくモチベーションが続くねと言われますが、もうほんと草野球のためにやってる感じです。

以前は草野球やフットサルの後は毎回のように膝を痛めていたのですが、ジムトレーニングを習慣付けてからはせいぜい筋肉痛だけになりました。

 

また、夕食は自炊が多いですが当然毎日作っているわけではなく、作り置きや冷凍食品を活用することが多いので、自由時間になることも多いです。

 

21:00 ~ 24:00 入浴・自由時間など

24:00 ~ 睡眠

以前は1時くらいまで起きていましたが、24時前になると眠気に耐えきれなくなるのでもうこの時間に寝るようにしました。

 

まあ結局自由時間にもTwitterやYouTubeを見ることが多いので、時間が浮いたところで有意義に使えているとは言い難いですが、少なくともストレスは感じない生活を送れています。

 

会社が近いとオンオフの切り替えができない←ほんまか?

職住近接のデメリットとして語られがちな、「会社が近いとオンオフの切り替えができない」という点ですが、個人的には賛同しかねます。

まあ私が問題なく切り替えられているからと言えばそれまでなのですが、では毎日1時間かけて通勤している方は休みの日に仕事のことを忘れてパーッと楽しめているでしょうか?

むしろ「明日からまたあの電車に乗らなきゃいけないのか・・・」と憂鬱になっている人が多数だからこそ「サザエさん症候群」なんて言葉が生まれているんじゃないかと思っています。

 

個人的には仕事のオンオフは「距離」ではなく「場所」で切り替えるもんだと思っています。

前職では年9割くらいリモートワークをしていましたが、現職ではなんだかんだ出社の頻度が増えて、週3,4回は出社するようになりました。

満員電車で通勤が出来るのが才能なら、リモートワークでオンオフの切り替えができるのもまた才能なのです。

リモートワークなんてのは、劣悪な通勤環境に対する「妥協」の産物でしかないのだと気付かされました。

それにリモートやってると外出なくなりますしね・・・。

筋トレやランニングは必ずしもやらなくても良いと思いますが、歩かないとマジで不健康まっしぐらだと思います。

 

デメリット、強いて言うなら・・・

ぶっちゃけ徒歩5分通勤生活に何のデメリットも感じていないのですが、強いて挙げるならば「気をつけていないと運動不足になる」ことでしょうか。

私の家からオフィスの自席までは500歩、つまりただ往復するだけなら1日1000歩程度しか歩かないことになってしまいます。

まあこれについては休憩時間中は必ずオフィスの外に出て歩いたり、他にも業務の合間に歩いたりしているのであまり問題はないと思っています。

 

ただし、独身の間ならば家が常に1人になれる空間なので良いですが、もしパートナーがいるのであれば話は違ってくるのかもしれません。

いくら将来を契り合った仲だとしても、人間誰しも1人になれる時間は欲しいもの。

あるいは結婚生活が冷え切った方だと、むしろ1人になれる通勤時間こそが至高、と考える方はいらっしゃるかもしれませんね。

 

ただ、これについても別に「通勤」で1人にならなくてもジムだったり飲み会を理由にしたりとやりようはいくらでもあるんじゃないかとは思います。

私は交際歴が全くないのでそのへんの事情は分かりませんが・・・

 

いずれにせよ、通勤という「強制力」が働かない以上、ある程度自己管理が出来ていないと堕落をしてしまう危険性はあるでしょうね。

この点についてはフルリモートでも同様のことが言えます。

 

まとめ

個人的には、労働のストレスの8~9割を満員電車通勤が占めていると思っています。

 

無理な体勢を続ければ体も痛くなるし、ただスマホを弄るくらいしかできない時間に毎日1時間以上も掛けるなんて本当にしょうもないです。

 

「満員電車ゼロ」を公約に掲げて知事になった誰かさんがいますが、あれから10年近く経った今でも満員電車は改善される気配がありません。

とはいえ、それは彼女だけが悪いわけではなく、無限に人を吸い続ける東京という都市構造を誰も変える気がない以上はどうしようもないことです。

だから真面目に「満員電車ゼロ」なんてものを達成できると信じて彼女を批判している方には申し訳ありませんが、あなたの脳はお花畑ですよと言う他ありません。

少なくとも、批判している方がまず率先して地方へ移り住むべきだと思っているのですが、皆誰かが勝手に画期的な策を実行してくれると思っているんでしょうね。

 

tk0k1975.hatenablog.com

前の記事でも述べましたが、都会の様々なイベントや便利さは、過密や競争のストレスとトレードオフなのです。

刹那的な快楽のために日々のストレスという代償を払い続ける行為は、少なくとも私には耐えられませんでした。

 

とはいえ、日々満員電車に揺られて通勤する方々のおかげで我が国の経済活動が成り立っているのもまた事実。

皆が自分の労働環境を誇れる世の中がいつか来ることを願って、この記事を締めくくらせていただきます。

 

ではでは。

【有給使い切り】鉄道でのんびり南紀横断旅行してきました

こんにちは。高岡氏です。

 

年度が替わりましたが、有給休暇、ちゃんと使い切っていますか?

 

私は15日付与されていましたが、今回の旅行で3日分を消化して14日分を使ったことになります。なので厳密には使い切ったわけではないのですが・・・

 

3/23(月)~25(水)の3日間連続で取ったので、3/20(金)から数えて6連休となりました。

そんなに取れていいな~って思います?

ま、私の代わりなんていくらでもいますから!

 

 

3/20(金)いざ和歌山へ!

今回の旅でお世話になるのがこちらの乗車券。

なぜ津までなのか、勘のいい方はもう気付いているかもしれませんね。

 

当時はちょうど18きっぷシーズンでしたが、やはりいざというときに特急または新幹線という手段が取れる普通乗車券は強いです。

それに、福山から18きっぷ5日版(12050円)を購入して元を取れるのは東北本線・蒲須坂駅に到達したときです(営業キロ:920km~)。

大学生の頃ならいざ知らず、今これをやるのは正直しんどい

片道普通乗車券には折り返し乗車ができないというデメリットこそありますが、総合的に考えたときにはこちらに軍配が上がるのではないでしょうか。

ほんと、連続5日間という縛りがあまりにもデバフ過ぎるんだよなあ・・・

 

和歌山駅に到着。

駅前でいきなり謎のアンケート屋さんに声をかけられましたが心を強く持ってお断りしました。

なんか和歌山城で開催されている肉フェス的なお祭りの割引券を餌にしていましたが、旅行者に声掛けてもあんまり意味無いと思うんですけどね~。

 

マスターオブ和歌山

和歌山市駅に移動し、和歌山で唯一未乗の南海加太線に乗車。

出迎えてくれたのはピンク色の車体をした可愛らしい「めでたいでんしゃ」。

加太名物の鯛がなんとつり革にまで用いられています。

利用客が低迷する加太線のテコ入れ策として導入され、今では5編成が加太線を走っています。

 

途中の西ノ庄駅で和歌山県内の駅をコンプリートしました。

和歌山市周辺の路線集めにはあまり苦労はしないでしょうが、最大の敵は長い上に本数も少ない紀勢本線区間ですね。

海は綺麗なのですが、いかんせんトンネルがとても多いのでメモラー泣かせの路線でもあります。

 

列車は加太駅に到着。

ホームは観光客で賑わっており、

 

「これ乗ったことないやつだ!」

「ピンクのやつ来た!」

 

といった具合に一同テンションが上がっていました。

近年の高級観光列車ブームも落ち着きを見せましたが、やはり手軽に乗れる楽しい車両ももっと増えてほしいですよね。

 

今回はあまり時間が無かったので次の列車でトンボ帰り。

次にやってきたのは2024年にデビューしたばかりの「めでたいでんしゃ かなた」です。

車体の横は虹色のラッピング、そして中は太古から未来への思いを込めたデザインになっており、乗る場所によって全く違う景色を見ることができるという車両になっています。

 

こちらはでんこ化されており、「かなた」に因んで「こなた」という名前で2025年1月1日にデビューしました。

駅メモ内では毎月1日に新でんこがデビューし、その日の15時にガチャに追加されるのが通常ですが、1月1日にデビューしたでんこは日付の変わった瞬間にガチャに追加されるという特別待遇を受けています。

もっとも、ガチャを早く回せるようになったというだけで南海とのコラボイベントがあるわけでもないんですけど。

 

和歌山駅がJR側のターミナル駅ならば、和歌山市駅は南海側のターミナル駅です。

南海の駅をJRが間借りしているような形なので、JRの路線なのに駅名標が南海仕様という貴重な光景を見ることができます。

なお、和歌山~和歌山市を結ぶ路線はどこかの支線とかではなく、れっきとした紀勢本線・和歌山側の終着駅ですが、同区間から新宮方面への直通列車はなく、ひたすら3駅をピストン運行しています。

ただ、朝夕の通勤通学時間帯でも1時間に2本、日中は1時間に1本と街中にもかかわらず本数は少なくハッキリ言って使いづらいです。

そもそも南海とJRでターミナルが分かれている時点で使いづらいですけど・・・。

 

夜はくろしおで紀伊田辺へ移動。

駅前には田辺が出生の地とされる(諸説あり)武蔵坊弁慶の像が建っています。

 

結局この日は在来線のみでひたすら移動に費やしました。

大阪までなら在来線のみでもそんなに遠いという感覚は無かったりするのですが、当然ながら和歌山まで来るとさすがに遠いですね。

 

3/21(土)やきうの時間だあああああああ

というわけでこの日は恒例の駅メモ草野球オフです。

開催地の白浜に向けて早くから移動開始。

 

なんでわざわざ和歌山?と思われるでしょうが、前日に駅メモの同人誌即売会(通称:Lステ)が和歌山で開催されていたのが理由です。

letsstationlife.wixsite.com

 

以前は新潟で開催されており、その時も燕市で草野球オフが開催されたのですが、さすがに広島⇒新潟の移動を考えると厳しかったので断念しました。

つい最近、AnimeJapanが今後3年間を大阪開催に移すということでTwitterではまた地方民vs関東民の仁義なき戦いが繰り広げられていたのですが、移動大好きな人種で構成される駅メモラーにとってはどこ吹く風ですね。

 

白浜

白浜といえばアドベンチャーワールドなどのリゾート地として有名ですが、駅前は正直寂れています。

ポケふたや歓迎の看板に描かれているパンダもいなくなっちゃいましたしね。

それにしても、一時期日本を騒がせていたヒグマ騒動も最近はあまり報道されなくなりましたが、毛色が茶色から白黒になるだけでこうも扱いが変わるものかと不思議なもんです。

もういっそ東北・北海道の熊を白黒に塗ってパンダの代わりにしてみてもいいんじゃないかと思っちゃいますがいかがでしょう。

 

店外にまで溢れるサンゴの山が目につく土産物店。

中はどんな感じなのか気になりますが・・・

 

寂れたリゾート地にありがちな廃墟と化したホテル。

マジックショーにカジノ、ものまねタレントの清水アキラのショーと色々やっていたみたいですが、建物が古く耐震基準を満たしていないということで閉館の憂き目に遭ってしまったようです。

同時期に同じカラカミグループから手放された「ホテル古賀の井」は現在「大江戸温泉物語Premium」として生まれ変わっており、未だ廃墟のまま取り残されているこちらとは明暗が分かれた格好となりました。

 

そして一際異彩を放つのがこちらのお城のような建物、その名も「ホテル川久」です。

世界の建築技術の粋を集めたというこちらのホテルは、元々「河久」という名前の旅館だったのが、老朽化に伴い1991年に現在の姿になったそうです。

改築にあまりにもお金がかかり過ぎた結果、元の運営会社は改築後に破綻してしまい、現在のカラカミグループに経営を引き継がれることになりました。

(出典:

https://www.matsuyaginza.com/jp/ginza/column/fashion-writer-trend/11

)

 

改築前(国土地理院地図、1974~1978年の航空写真)と現在の比較。

こうして見ると「河久」時代からかなり立派な建物であることが分かります。

一度でいいから泊まってみたいものですね・・・。

 

草野球本番

今回の舞台となる白浜球場ですが、こちらは50年前には既に存在している歴史ある球場です。

ただ、50年前は現在3塁側にある樹木が存在していなかったようなので、3塁側にファールを打つ=即海ポチャの危険と隣り合わせの球場だったと言えます。

 

Twitterをよく見る方ならもしかしたらご存知かもしれませんが、今回の草野球オフは駅メモ界隈外でも少しバズっていました。

各自が毎回思い思いのタオルやダンマクなどを掲げる文化がありますが、見ての通り二次元コンテンツのオタクも多いのがこのオフ会の特徴です(まあ駅メモやってる時点で素質はありますが)。

駅メモさえやっていれば誰にでも参加資格があるというとても懐の深いオフ会なので、そこのあなたも是非駅メモをDLして野球やろうぜ!

ekimemo.com

 

今回は、昨年制作されたアメフト風ユニ(ファビアンVer)を着て参戦。

珍しく正面からの写真を撮ってもらいましたが、これには理由があり・・・。

 

というのも、高校時代にお世話になった先生が3月に退任されることになり、我々OB・OGで写真付きの寄せ書きを送ろうという話になったのですが、その写真というのが、

 

「正面を向いていて、顔がはっきりと分かる近影」

 

という指定があったんですよ・・・。

 

もうお分かりかと思いますが、

陰キャぼっちは自分の写真をとにかく撮らないんですわ。

だから就活で「あなたらしい写真を添付してください」という要求のある企業はその時点でアウツ・・・!

 

たまたまエスコンフィールドに行ったときに撮ってもらった写真があったのでそのときはそれで難を逃れたのですが、あまりにも自分の写真が無いことに何故だか軽い恐怖を抱いてしまったので、今回こうして写真を撮ってもらったのです。私になんかあったら遺影にもなりますし。

 

ちなみにこの草野球オフの翌日には退任祝いということで同級生がパーティーを開催していました。

 

え?お前は参加しなかったのかって???

 

だって寄せ書きしてる同級生の近影見たらみんな子供がいたり凄い仕事やってたりするんですもの・・・。キラキラし過ぎてて私にとってはあまり居場所が無さそうだなと思ってしまったのが正直なところだったので、寄せ書きだけで勘弁してねということです。

 

さて、肝心の野球の内容ですが、

一応そこそこ出塁は出来たのですが、フライやセカンド送球を一度はグラブに収めたのに捕球しきれずに落とすというミスを連発してしまい、思いっきり足を引っ張りまくりました。

これなら全く追いつけない方が正直マシでしたね。こういう糠喜び系のミスはマジで味方の士気を下げるので、心の中に手塚部長を飼って、「油断せずにいこう」の精神で頑張ります。

 

珍地名?

帰りは紀伊田辺駅までのバスに乗車。

夕日が綺麗でしたが、テクテクライフを起動していると気になる地名が飛び込んできました。

 

「き、きたない町!?」

 

思わず二度見してしまいましたが、二度見しても「きたない」にしか見えないこの地名。

元々「滝内」という地名があったのが1997年に「たきない町」として起立して今に至ります。

漢字でいいのになんでひらがなにしちゃったんでしょうね。

この地名に決めたとき、誰も「きたない」に空目する可能性に気付かなかったのでしょうか・・・。

ネットで調べた限りだと目ぼしい資料は出てこなかったので、また調査のために訪問してみるのもありですね。

 

田辺市街地

この日も前日と同じホテルに宿泊したので、ちょっと周囲をウロウロしてみました。

駅前の通りは飲食店が多くて思ったよりかなり賑わっています。

 

かつて海沿いにあった市役所は、老朽化と津波災害等のリスクを考慮して2024年5月7日に現在の高台に移転新築されました。

和歌山を代表するローカルスーパー・オークワとペデストリアンデッキで直通するという珍しい?構造をしており、オークワの建物にも「田辺市」の文字と市章が描かれています。

ちなみにオークワには今回の旅行で何度もお世話になりました。

 

弁慶伝説の残る田辺市で有名なスポットの1つがこの「鬪雞神社」です。

田辺市の熊野本宮大社、那智勝浦町の熊野那智大社、新宮市の熊野速玉大社、いわゆる「熊野三山」を統括する「熊野別当」という職位がかつて存在しましたが、そのうちの1人が弁慶の父親とされる湛増という人物でした。

湛増は平氏と源氏に見立てた紅白の鶏(平氏が紅旗、源氏が白旗を使っていた)を闘わせ、白の鶏がことごとく勝ったことから源氏に味方し、最終的に壇ノ浦の戦いで源氏の勝利に貢献したという伝説からこの名がついたとされるこの神社。

 

ですが実際のところ、その伝説はあくまで伝説であり、これより前に義経の要請に応じて源氏に加勢していたという研究もありました。

(出典:https://lab.kuas.ac.jp/~jinbungakkai/pdf/2012/h2012_05.pdf

上記研究の中で、彼は平家が熊野地方に対する支配を強めていくのに反発していたと書かれています。

ところが元々彼の父親である湛快は平氏に与し、また彼自身も平氏とは浅からぬ関係を持っていたようなので、「裏切り」とも取れる行為にはさすがに葛藤を抱えていたのではないでしょうか。

そう考えると、どちらの味方をすべきかを天に任せて決めたというのもあながち嘘ではなかったのではないかと思いますね。

 

今時らしく手水は自動です。

 

昭和を感じる服装・・・
でも普通に可愛いですね。

 

参道である「宮路通り」には弁慶の生誕地の碑などがあります。

 

アオイ通り。

名前の由来が気になります。

 

銀座通り。

どこか異国情緒のある光景が並ぶオシャレエリアです。

他の地域だと「銀座」と名の付く通りは大体オンボロなアーケード街だったりするのですが、ここはこのオシャレエリアを「銀座」と名乗っているのがなんか好きです。

 

栄町通り。

先ほどの銀座通りとは打って変わって昔に取り残されたような光景です。

 

弁慶の武器にちなんで「なぎ刀通り」なんてものもあります。

こうして見ると、最盛期でも人口が9万人前後、現在は6万人台にまで減ってはいるものの、人口に対してかなり賑やかな街だという印象を受けました。

街並みも神社から延びる参道の雰囲気や繁華街の喧騒、銀座通りの異国感、レトロな雰囲気を残す部分もありとてもバリエーションが豊かです。

これが和歌山第2の都市のポテンシャルか・・・

 

今回初めてこの田辺の地に降り立ちましたが、今まで通り過ぎてきただけだったのがもったいなく思える良い街でした。

また熊野古道を歩くときに訪れたいですね。

 

3/22(日)潜る。

周参見駅に到着。

特急も停車する2面3線の駅です。

跨線橋からは津波対策の高台が見えます。

 

特急停車駅とはいえ、乗降客数150人/日(令和3年時点)の駅に新聞販売コーナーがあるんですね。まあそこそこ乗降客数の多い駅でもあまり見かけませんけど・・・。

(出典:

https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/020500/book_d/fil/R3siryou.pdf

 

駅内にはコーヒーやスイーツが味わえるカフェがあります。

 

駅名は「周参見」ですが自治体名は「すさみ町」です。

いかにも平成の大合併で生まれた地名っぽいですが、意外にも1955年に誕生した歴史ある地名です。日本で初めてのひらがな町名という唯一無二のアイデンティティを持っていますが、人口は県内ワースト5で、過疎地域の例に漏れず厳しい状況に置かれています。

なお、現在日本で最も古いひらがな市名は青森県むつ市(1960年~)です。

 

こちらの「クラブノアすさみ」で、初心者向けに体験ダイビングを実施しています。

時期によってウエットスーツかドライスーツのいずれかになるのですが、3月は水温の関係でドライスーツの着用となりました。

ウエットスーツの場合は水着が必要となりますが、ドライスーツの場合は動きやすい服装であれば問題ありません。なんならここに来るまで着てきた服でもOKですが、着替えはちゃんと用意しておきましょう。

 

そしてなんとこの日の朝の会は私1人の貸切状態でした!

前日は3連休の中日ということもあり盛況だったようです。しっかり指導してもらえたのでこれはありがたかったですね。

 

ダイビングに入る前に、前日の睡眠時間、花粉症の有無、泳げるかどうかなどを訊かれ、問題なければ水中での呼吸の練習を行います。

特に重要になってくるのが「耳抜き」と呼ばれる技術で、鼻の穴を塞ぎながらそこから空気を出そうとすることで鼓膜が膨らみ、水圧に対応するというものです。

私はこれが下手で、口を塞いでいれば問題なく出来るのですが、マウスピースをつけていると口から呼気が漏れてなかなか安定して出来ませんでした。

 

呼吸に必要なレギュレーターはもちろんですが、体が浮かないように全身に重りもつけるので、総重量としては10kg以上になります。

座った状態でこれらをつけていざ立ち上がる!という瞬間が一番キツかったですね・・・。

前日の野球で太ももに筋肉痛があったのでマジで攣るんじゃないかと思いました。

なおこの後しばらく腰にも張りがあり、まさに満身創痍の状態になってました。

 

終わった後に重りを外すとドラゴンボールのキャラクターになった気分です。

 

さて、潜って何をするのかといえば、第一の目的はやはり「海中ポスト」です。

その名の通り、海の中からハガキを投函することができます。

私は両親に向けて手紙を書きましたが、無事に届いたようでよかったです。

ちなみに海中ポスト目当てで来る客は月に2人くらいなのだとか。

 

前述の通り耳抜きが上手く出来なかったこともありダイビング中は結構耳が痛かったのですが、さすがにこちらにもプライドがあるので、ガイドさんから確認されるたびに「大丈夫です!」のサインを送り続けていました。

途中からは痛みにも慣れましたが、飛行機でも毎度味わうので本当に嫌いな痛みです・・・

 

でもダイビング自体はとても楽しかったです。

耳抜きをちゃんと出来るようになって次は沖縄とかでやってみたいですね~。

 

トルコと宇宙の町、串本

ガイドさんにせっかく飲食店の情報を教えてもらったのですが、すぐに次の新宮行き列車が来るので乗ることにしました。本数少ないからね・・・

 

白浜~新宮間はきのくに線区間内で最も利用の少ない区間であり、「JR西日本単独での維持困難路線」とされていることから、くろしお増便などの実証実験が行われています。

(出典:https://www.westjr.co.jp/press/article/items/260309_00_press_kiseihonsen_sankou.pdf

 

上述の通り18きっぷ期間内ということでそれらしき人はたくさん見かけたのですが、普通乗車券の利用者はどのくらいいたのでしょうね。

 

ちなみに、きのくに線で使われている227系列車には車内に交通系IC精算機があり、バスのような使い方が出来てとても便利です。

IC改札を設置するにはコストが割に合わない区間であっても、車内で精算できれば問題ないのでもっとこれが広まってほしいのですが・・・(福塩線にも導入してくれ~~~)。

 

本州最南端の町・串本町の玄関口、串本駅に到着。

 

串本町は国内初の民間ロケット・カイロスロケットの開発、打ち上げ地点に選ばれました。

今年夏に完結予定という『宇宙兄弟』ともコラボをしているようです。

 

そして串本町といえば切っても切れないのがトルコとの関係。

エルトゥールル号といえば一度は聞いたことがある方は多いでしょう。

 

マグロ丼

お昼は『サンドリア』でマグロ丼をいただきました。

まず色が良いですよね。

味も見た目も美味しい一品でした。

 

店の中は普通のファミレスという感じですが、珍百景シールが貼ってあったので何があったのかと調べて見ると、ロケット打ち上げにちなんだ「ロケットカレー」が番組で取り上げられたみたいですね。

 

トルコ記念館

コミュニティバスで40分ほど揺られ、大島は樫野にやって来ました(図赤丸部分)。

串本駅から出るバスで観光に使えるのはこのコミュニティバスと、観光周遊バスである「まぐトル号」の2つがあり、まぐトル号の方は周遊バスというだけあって本州最南端の潮岬、この樫野埼、橋杭岩などの観光地をぐるっと回るルートを取ります。

ただし前者は1乗車200円、後者は500円と2倍以上の価格差があります。

2日券を1000円で購入すれば両方のバスに乗り放題になりますが、なるべくならコミュニティバスの方を利用したいものです。

なお、観光案内所での両替は基本的にNGなので気をつけてください(1敗)

 

ここ樫野こそ、まさに住民によるエルトゥールル号乗組員決死の救助活動の舞台となった場所です。そして船底に穴を開けたのがこの「船甲羅」と呼ばれる岩礁地帯です(具体的には真ん中の赤丸の岩)。

自分たちも爪に火を点すような生活をしながら、それでも食事などを分け与えて乗組員達を助けていたのですから、当時の住民の高潔な精神には頭の下がる思いです。

 

トルコアイスも売ってます。

初めて食べましたが本当に餅みたいな食感でした。

ちなみに売店の方は特に悪戯をせず普通にアイスをくれました(笑)

 

世界史を取ってたからというよりはあの某大物YouTuber関係で名前を聞いたことがあるムスタファ・ケマル・アタテュルク像。

現在の「トルコ共和国」建国の祖であり、まさに英雄と呼ぶべき人物です。

なんか声に出して読みたくなる名前ですよね。ムスタファ・ケマル・アタテュルク。

 

あとは灯台と併設された旧官舎を見て帰りました。

 

地元民おススメの夕日スポット

バスの運転手さんに綺麗な夕日が見たいというと、この場所を教えてもらいました。

スマホの写真を見せてもらうと確かに綺麗で、普段からこんな景色を見れるのはちょっと羨ましいなあと思っちゃいましたね。

なお当日は天気が不安定で見れず・・・

今回の旅行、なんだかんだで夕日を見たのは野球やった後のバスから見たのが唯一でした。

 

ちなみに、「日本の夕陽百選」は大阪がトップみたいですが、和歌山も8か所とかなり多いです。和歌山を旅行していればどこかしらで綺麗な夕日を見れる可能性はあるでしょうね。

なおこの「日本の夕陽百選」、大阪を始めとした近畿地方がやたら多い割に東京のゼロを筆頭に関東はかなり少ないとだいぶ偏っています。

このことについてwikiには、

 

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当初は全国のどこに夕陽の名所があるのか分からず、都道府県庁の観光関係部署に照会するなどしてリストアップを進め、選考の過程では住民ぐるみで意欲を持ってイベントなどに取り組んでいる地域を最優先したという[1]

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(引用:日本の夕陽百選 - Wikipedia

分からんのに百選を作ろうとすなー!👆

 

夕飯は「萬口」でカツオ尽くしご飯をいただきました。

煮付にカツオ飯、締めにカツオ茶漬けにして食べるというとにかくカツオだらけな一膳です。

美味しかったのですが、個人的にはカツオはたたきにして食べるのが一番好きですね。

 

3/23(月)宇宙にふれる

古座駅

旧古座町(現在は串本町に併合済み)の玄関口・古座駅。特急も停車します。

駅舎には土産物とアウトドアグッズ売店が併設されており、釣り好きの店主さんと少しお話をしてお土産を購入しました。

地元はこの古座で、仕事で大阪に住んでいたものの、都会の水は汚いということで釣りのためにUターンしてきたのだとか。

この地域を流れるのは清流と名高い古座川なのでしょうがないですね・・・

古座川ではカヌーのアクティビティも盛んで、駅舎内の更衣室はカヌー客のためのものです。

 

最南端の宇宙の町

駅から徒歩数分で辿り着くのが、2025年4月にオープンしたばかりの「宇宙ふれあいホール Sora-Miru(ソラミル)」です。

・・・なんか思ってたのと違う気がしますが、町役場時代の建物をそのまま使っているので仕方ありません。環境に優しくて結構じゃないですか。

 

建物入口の前には「ポケふた」が設置してあり、ピィ、リグレー(こいつは知らない・・・)、ジバコイル、そしてシルエットのみですがデオキシスと実質4匹の豪華共演となっています。

 

串本がロケットの発射場に選ばれた理由、ぶっちゃけ「周りに何もないから」なのですが、裏を返せば、何もないとされる田舎にも発想を変えれば産業を定着させることはできるということかもしれません。

 

この日は平日ということで、ほぼ貸切状態で見学することができました。

他の家族連れに気を遣わずに体験コーナーとかを使えるのっていいですよね。

あとこういうガラガラのときって従業員の方がめっちゃ歓迎ムードになるので自己肯定感がちょっと上がります。

 

こちらは宇宙が身近になったらこんな職業ができるかも・・・という未来予想のコーナーなのですが、募集要項が妙にリアルというか、

 

「就業時間:8時~17時」

「休日:基本5日勤務2日休日」

 

せめて想像の中でくらい週3日1日3時間労働とかを実現させててくれよ・・・

 

40代には週3日まったり労働生活を実現させたい・・・(願望)!

 

あとは宇宙飛行士といえばこれ、という絵柄が何も描かれていない「ホワイトパズル」のタイムアタックにも挑戦できます。上位入賞者はランキングに名前を刻めます。

せいぜい20ピースくらいしかなかったので楽勝かと思いきや普通に5分以上かかりました。上位に掲載されるには3分台はマストなのでなかなか厳しい結果ですね・・・。

 

実はこの古座という場所、歴史の授業で誰もが1回は名前を聞いたことのあるであろう第五福竜丸建造の地でもあります。

 

かつてはこの中洲に造船所があったようですが、今や跡形もないですね。

 

(建造当時の写真:

www.oceandictionary.jp

 

エルトゥールル号の件といい、串本、歴史的にもなかなか侮れない場所だ・・・

 

太地駅

とりあえず荷物を預けるために、この日の宿泊地である太地駅へ。

ホームからは名物「那智黒」の生産工場がすぐそこに見えます。

かつては黒人の男性とおばあちゃんが踊るインパクトのあるCMで人気を博したようです。

 

www.youtube.com

 

特急停車駅のためホームは長いです。

エレベーターも用意されていてバリアフリー対応はしっかり行われています。

 

そしてこの駅で特徴的なのが、駅に描かれたクジラやイルカの絵画ですが、この写真を見て何か違和感を抱きませんか?

 

 

 

そう、ベンチが線路ではなく絵画の方を向いているのです。

 

線路転落防止策として、「ベンチが線路に対し垂直方向を向いている」というのは現在ではごく当たり前になった光景ですが、それでも線路から真反対の方向を向いているというのはあまり見たことがありません。少なくとも私は初めて見ました。

 

せっかく良い絵なのだから列車を待つ間じっくり鑑賞してくださいというJR側からの熱いメッセージなのでしょうか。

 

駅舎はシンプルな洋風レトロという感じでお洒落な仕上がりです。

元々この町には津波災害に対する避難場所に乏しいという課題があったので、2階は集会所兼避難所という形で使われています。そのため普段から開放されているわけではないようです。

 

さて、個人的にこの太地駅はとても素晴らしいと思いました。

というのも、このコインロッカーの存在です。

 

なんと小さいほうも大きいほうも100円で使え、しかも使用後に戻ってくるという神仕様となっています。

 

公共交通機関を使う旅では切っても切り離せない荷物多過ぎ問題ですが、未だに全国のコインロッカー事情は充実しているとは言い難いです。

そんな都合よく100円玉が4枚、5枚も財布に入ってるわけないだろ!と言いたくなりますし、駅に併設されている観光案内所では両替を受け付けていないというパターンも多いです。

勿論、両替というのは一銭も得をしない行為ですし、100円硬貨が少なくなってしまう問題もあります。ジュースでも買って崩せばいいじゃんと思われるかもしれませんが、こちとら荷物を減らしたいのになんでさらに荷物を増やさにゃいかんのじゃ!

なのでコインロッカーはキャッシュレス化を進めるか、無理ならせめて両替対応が可能な場所を用意すべきだと思います。

コインロッカー問題、個人的には案外馬鹿にならないと思うんだよなあ・・・

 

というわけで、太地駅のコインロッカーは本当に素晴らしいです。

というかわざわざ返してくれなくてもええんやで・・・

 

紀伊浦神駅

太地駅に荷物を置いて、道中で気になった紀伊浦神駅へ引き返してきました。

先述したロケット射場の最寄り駅の1つではありますが、道中へは歩道が無いので行くのはおススメしません。

 

ニホンウナギの完全養殖に成功した近大の浦神実験場があります。

成功したといっても量産化へはまだまだ課題が山積している状況です。

ウナギの養殖は約50年前から行われている研究ですが、現代の科学をもってしても未だに生態が完全には解明されていないというところに自然の神秘を感じますね・・・。

 

釣りを楽しむ方が何人かいる以外は静かな集落です。

 

1961~1969年の浦神地区の航空写真。出典:国土地理院地図

波が穏やかで養殖に適している浦神地区では、古くは真珠の養殖も盛んに行われてきました。

もちろん現在でも主産業は漁業ですが、現在では同じ貝でもアワビやサザエ漁がメインのようで、調べていると漁業にもその時々のトレンドというものがあるんだなあと思います。

 

日本一海に近い小学校

海に突き出した「弁天崎」の手前にあるのが旧浦神小学校。

ロケット打ち上げ時には見学の場にもなることもあり、駐車場にはカイロスロケットの模型が設置されています。

そして自称・日本一海に近い小学校らしいです。

 

一応真偽の程を確かめるべく、「日本一海に近い小学校」という検索ワードで調べてみると、以下の小学校がヒットしました。

 

・鹿屋市立菅原小学校

・横須賀市立走水小学校

・座間味村立慶留間小中学校

 

kumamoto.guide

そして極めつけは日本で唯一「海の上に建つ小学校」津奈木町立赤崎小学校なんてものもありました。

 

というわけで、どこが「日本一海に近い小学校」にふさわしいか、いっちょ航空写真を見比べて勝負して見ましょう!

 

※今回は「海に近いか」の勝負なので、海の上に建っているのはレギュレーション違反ということにさせてください。

 

エントリーNo.1 那智勝浦町立浦神小学校

 

エントリーNo.2 鹿屋市立菅原小学校(現・ユクサおおすみ海の学校)

 

エントリーNo.3 横須賀市立走水小学校

 

エントリーNo.4 座間味村立慶留間小中学校

 

うーむ、どれも甲乙つけがたいですね。

とはいえ、「海に近い部分の長さ」ならば慶留間小中学校に軍配が上がるかなあと思います。

 

よって優勝は慶留間小中学校です!おめでとうございます!

 

なお、慶留間小中学校以外はいずれも廃校になっているので、名実共に「日本一海に近い小学校」と言っていいでしょう。

 

こうも廃校ばかりなのは、やはり

「海に近い」=「土地が無い」

「土地が無い」=「可住地域が狭い」=「人がいない」

ということなんでしょうね。

この中では横須賀が意外な気もしますが、立地を見ると周りを山に囲まれていますからね。

現代では防災的にあまりよろしくないことも理由の1つになりそうです。

 

離れた場所から見るとローソンにしか見えない看板。

実は船の整備や部品を売っているお店ですが、「コンビニエンスストア」を名乗っているので確信犯でしょう。

普通に間違えて入っちゃう人もいそうです。

 

最後に鹽竈神社に参拝。

毎年成人の日の前日に捕鯨に因んだ「せみ祭り」が開催されるようです。

 

 

太地の宿

この日は太地駅近くの「小さな宿 Nieche(ニーチェ)」に宿泊。

宿の近くに夜までやっているお店やコンビニがないので、公共交通機関を使うのであれば夕食付きプランを予約するのをおすすめします(一応下里駅近くのファミマとローソンが徒歩圏内ではありますが、歩道が無いのでおすすめはできません)。

私は朝食のみのプランにしてしまったので普通に困りました・・・。

 

こんなこともあろうかと古座のオークワで寿司を買っておきました。

 

ちなみにソラミルで宇宙食も買っておいたので、最悪これを食べようかとも考えましたが・・・

 

3/24(火)太地を踏みしめて

太地駅でレンタサイクルを調達。

この日は太地町を走り回ります。

 

いつもはケチって電動自転車ではなく普通の自転車を選ぶのですが、ここには電動自転車しか置いていないようですね。

 

どんなもんかと思って一歩踏み出してみましたが、そのとき私に電流が走りました――――

 

まず漕ぎ始めたときの伸びが段違いですし、坂も立ちこぎせずに登れます。

今まで普通の自転車しか使ってこなかったのがまるでバカみたいです。

これからはレンタサイクルは電動自転車を借りるようにします。

 

落合博満野球記念館

この太地でまず来てみたかったのがここ、落合博満野球記念館です。

Twitterでも野球記念館のアカウントがTLに回ってくることがありますが、今の落合さんは監督時代とはだいぶ印象が違って見えますね(もっとも、wikiに書かれているエピソードを見ていると元々あんな感じの人なんだなあと思わされますが)。

 

彼の故郷は秋田で、まして和歌山にはプロ野球の球団もありませんが、オフシーズンに訪れた太地町の環境に感動し、ここに別荘兼トレーニング場兼記念館を建てました。

時期によっては落合さんが滞在していることもあり、サインを貰った人もいるみたいです。

私もあわよくば打撃指導をしてもらいたいなあ、なんて贅沢なことを考えていると目的地に到着。

 

なんでや!

 

事前に休館日を一切調べてなかった私が悪いとしか言いようがありませんが、開館日少ない・・・少なくない?

これもある意味ご本人のマイペースぶりが良く表れているのかもしれませんね・・・。

 

捕鯨の歴史

仕方がないので近くを適当に散策。

木々のトンネルと美しい海が合わさって幻想的な風景を作りだしています。

 

燈明崎

ここ太地町は、いわゆる「古式捕鯨」と呼ばれる手法の発祥の地とされています。

狼煙でクジラの位置を伝え、勢子船と呼ばれる漁船がクジラを網に追い込み、最終的に銛で仕留めて港へ運んでいくという伝統的な漁法がそう呼ばれていますが、ここはクジラを見張り、狼煙を上げるための場所でした。

クジラは栄養素が豊富で、かつ可食部が多く、さらに体から取れる油や骨、歯、皮まで余すところなく利用できたことから、まさに当時の住民達にとっては生命線と言える存在だったのです。

 

もちろん夕日百選にも選ばれています。

 

梶取崎

燈明崎から少し南に行ったところには、同じく狼煙場として使われていた「梶取崎」があります。

こちらは見ての通り狭く、作業員の支度部屋などもあった燈明崎とは違ってサブ的な使われ方をしていたようです。

 

一方でこちらは公園として整備されており、まるでドラマのワンシーンに出てきそうな美しい光景が広がっています。

かつて住民の生活の屋台骨を支えた場所は、現在では住民の憩いの場として癒しを届ける場所になっています。

 

国際鯨類施設

のどかな町に突然出現するやたらと存在感のあるこの施設は、2024年にオープンしたばかりという「国際鯨類施設」。

エントランスにはクジラの模型やスタンプラリーなんかがありましたが、隣の部屋で何やら作業している人がいる以外は誰もおらず、シーンとしており不気味な空間でした・・・。

(※なお、スタンプラリーはエントランスだけで完結します。スタンプラリーの定義が問われる・・・)

クジラに関する蔵書が3万冊もあるという図書館だけは一般人も利用可能とのことですが、前日までに予約が必須ということらしく、観光で行くような場所ではなさそうです。

 

「岩門」と書いて「せきもん」と読みます。

岩壁が風化作用で門のようになったとのこと。

この地で捕鯨を始めた和田家の屋敷がこの先にあったこともあり、「和田の岩門」という呼び名もあるようです。

 

他にも変わったスポットとして、クジラの骨の鳥居なんてものもあります。

江戸時代の小説から「逆輸入」したスポットなんですねえ。

 

くじらの博物館

くじらの博物館では、かつての古式捕鯨の様子を再現した模型やクジラの身体構造、クジラが使われていた製品などの展示があります。

 

隣接するプールではクジラショーとイルカショーが交互に行われています。

実はイルカとクジラは生物学上の分類は同じ生き物で、主に体の小さいものをイルカ、大きいものをクジラと慣習的に呼び分けているだけだったりします。

体の小さいイルカのほうが動きがよりダイナミックなので、ショーとしては個人的にイルカの方がいいのかなと思いますね。

 

施設内にはマリナリュウム(水族館)もあり、貴重なアルビノのバンドウイルカ「スピカ」を見ることができます。

シロイルカは白変種と呼ばれあくまで突然変異で体が白くなった種類なのに対し、アルビノは体質的にメラニン色素が欠乏しているという点で異なります。

見た目こそ可愛らしいですが、皮膚がんのリスクも高く、普通に人生ハードモードになる病気なので、こうして飼育されていること自体が凄いことなのです。

 

もちろんイルカ以外の生き物も展示されています。

個人的にはこちらの「アオヤガラ」が気になりました。

ちょっと力をかけると簡単に折れてしまいそうな儚さにどこか惹かれます。

 

一応食えるみたいですが、可食部少なそうだしあまり美味しそうには見えません。

 

というわけでいよいよこの旅の終着点・津へ。

南紀はとっくに終わっているので普通列車で北上します。

長大な紀勢本線ゆえ、新宮から紀伊長島以北へ行こうとすると、なんと終電は17:55発多気行きとなります。

もっとも、途中で降りずに関東方面へ出たいのであれば夜行バスがあるので最悪そちらを使うといいでしょう。

 

今夜の宿は東横イン。

東横インは豊田市で泊まって以来未だ2度目です。

基本的に安い順に検索していると、東横インを始めとした有名ホテルチェーンは最上位にはヒットしないので今回は珍しいですね。

全国チェーンならではの強みとしてポイントカードの特典もあるので、特に出張族の方はここにしか泊まらないという方も多くいそうです。

 

3/25(水)最後はやっぱり・・・

どうして津を最終目的地にしたのか。

 

それはもちろん津競艇場へ行くためです。

 

津駅から送迎バスが出ていますが、場所はバスターミナルから少し離れており、初見だと少し分かりづらいです。

とはいえバスの時刻が近づいてくると似たような雰囲気の方が集まってくるので、「ああ、ここで合っているな」というホッとしたような感覚になるのも公営競技場訪問あるある。

 

津競艇場

外れ舟券を入れると抽選で景品が当たるチャンスがあります。

これは全国でやってほしい取り組みですね。

 

ちょうど蒲郡でSG・ボートレースクラシックの開催日だったので、入場時にグッズを貰いました。

トランプ、コースター、ブラックサンダーというタダで貰えるにしてはちょっと嬉しいものです。

 

私は舟券に関しては現金派なので混雑するSGには基本行きませんが、蒲郡は初めて万舟を的中させた思い入れのある場なので、機会があればまた行きたいですね。

 

初っ端7470円の払い戻しがあり、

「もしかしたら今回の旅行代金を取り戻せるかも・・・?」

なんて考えていましたが、終わってみれば的中はこれだけ。

結局5400円投資の払い戻し7470円という飯代程度の儲けになりました。

 

まあ勝てばええんや!

 

ちなみに、前日行ったくじらの博物館にこんなものがありました。

「ありがとう競艇」

 

競艇の売り上げは、主催している地方自治体の他にもいくつかの団体に分配されますが、そのうちの一つが日本財団であり、その日本財団が、競艇が社会福祉事業に貢献していることをアピールするためのシンボルになっています。

 

なお、2010年度から「競艇」⇒「ボートレース」に公式呼称が変わっており、このロゴは「ボートレースファンからの贈り物」というものに変わっています。

「ありがとう競艇」マークと違って、我々ギャンブラーが世の中に貢献する「篤志家」たる所以がよく分かりますね!

というわけでギャンブルをすることは何も恥じることではありません!もりもり賭けましょう!

 

以前北陸に行った際、福井の「フェニックス通り」について紹介させていただきましたが、ここ三重にも同名の通りがあります。

福井は災害が由来だったので、三重は伊勢湾台風か・・・?とも思ったのですが、災害は関係なくここに生えている「フェニックス(カナリーヤシ)」が由来でした。

 

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コリアンタウンで晩飯

せっかく津に来たので、いつも通り新幹線で帰るのは面白くない(あとは駅メモの回数稼ぎ的な意味で・・・)ということで、近鉄の「ひのとり」のプレミアム座席を使って帰ることにしました。

今回は鶴橋までの乗車なので、普通運賃2040円、特急料金1340円、ひのとりプレミアム料金600円の計3940円也。

この設備に対してプレミアム料金600円は安いですよね~。

 

鶴橋に到着したので早速晩飯の場所探し。

駅を出てすぐにディープな香りのする商店街が出迎えてくれます。

 

このとき土産袋を含む大量の荷物を抱えていたので、あまり邪魔にならないような場所はないかな~と思っていたのですが、写真1枚目のオレンジ色のロッカー、こちらが素晴らしかったです。

交通系ICカードが使えるのはもちろんのこと、使用開始から1時間はなんと無料で使えます。

今回のように、ちょっとご飯を食べている間に預けたい、という場合に最適ですね!

 

少し歩いていると熱心な客引きに遭ったので、押しに負けて韓国料理屋に入りました。

そのままだとどのみち夜道を彷徨うことになっていたので、なんだかんだ背中を押してくれたのはありがたかったですね。

韓国屋台セットをいただきました。美味かったです。

 

まとめ

というわけで、6日間の豪華旅行でした。

今までは18きっぷで通り過ぎるだけだった和歌山でしたが、今回の旅でとてもポテンシャルの高い場所だということが分かりました。

次行くときは熊野古道をまた歩く旅をしたいですね!

 

さてこれからGWですが、皆様はどのように過ごされる予定でしょうか?

基本的にGWの旅行は控えめにする方針ですが、今年は蒲郡でいつものやきうオフが開催されるのでそれに参加します。

そしてそれに合わせてまた旅打ちもする予定です。

 

皆様も良い旅人ライフを過ごせることを祈っています。

ではでは。

WBCで日本が負けたわけですが

こんにちは。高岡氏です。

 

WBC、結局日本は準々決勝で負けちゃいましたね。

アメリカのやり方に嫌気がさしていたので試合こそ見ていませんでしたが、なんだかんだで途中経過は見ていました。

tk0k1975.hatenablog.com

 

ひとまず、監督の井端さん始め、参加した選手やスタッフの皆さま、お疲れ様でした。

特に井端さんは優勝した次の監督という貧乏くじ確定演出な中で本当に大変だったと思います。しばらくお休みになった後でまた野球界に関わってほしいです。

 

今回の大会、日本にとっては不幸な結末でしたが、イタリアの躍進もあり、少なくとも「世界への普及」という意味ではある程度意義はあったのかなと思います。

もっとも、日本からしてみれば2023年大会の感動を超えるものはもう見られないかもしれませんね。少なくとも大谷があと1回、どう頑張っても2回しか出られないであろうという事実が重くのしかかります。

今の野球フィーバーは大谷人気に肖っている部分が大きいので、彼がいなくなった後はどうなってしまうのでしょうか。

 

さて、このブログを多少なりとも読んでくださったことのある方はもうお分かりかと思いますが、私は断然国内派で、国内リーグが面白ければ世界大会なんて割とどうでもいいと思っている人間です。

 

なので、

「世界で勝つためには日本もメジャーリーガーで固めなければならない(だからもっとメジャーリーガーを輩出しろ)!」

「NPBもMLBに合わせて○○すべき!」

 

みたいな意見を見るとモヤモヤしてしまいます。

 

大体、WBCはMLBとかいうクソ機構がMLBのために作った大会で、ルールもMLBが決めたもんなんだからメジャーリーガーがたくさんいた方が有利に決まってんでしょうが。

NPBはもっとMLB基準に合わせて世界に負けないようにすべき?日本野球はガラパゴス???

日本の野球ファンはそんなにMLB様の懐を温めるのが好きなんですかね。

 

飛ばないボールのNPBがつまらないことには同意しますが、全部が全部MLB様のご機嫌で決まる大会で勝つためにMLB様にもっと選手を輸出しろ?自分が何を言ってるのか分かってます?

国内リーグが衰退して一番困るのは我々野球ファンなんですよ。

・・・まあこんなことを言えるのはその人が球場に行かないタイプのファンだからなんでしょうけど。

 

ド偏見であることは承知の上ですが、MLB好きってどうしてもMLBこそが絶対正義で他はMLBに合わせろ!みたいな価値観の人が多そうなイメージです。

日本人の欧米コンプと欧米由来の傲慢な啓蒙思想のハイブリッドって感じがして。

「ファンが苦手だから苦手なコンテンツ」という概念は正直よく分かっていませんでしたが、MLBに関してはそれを強く感じている自分がいます。

もちろんそうじゃない人が大多数であることは分かってますが…

 

こちとら単純にNPBでしのぎを削り合うスター選手が見たいだけなのに、なんでMLBの一存にこんなに振り回されなきゃならないのか?

「MLBにあらずんば野球にあらず。」みたいな考えを日本人ですら唱えている人がとても多くて心底辟易しています。

 

私の愛したプロ野球はどこへ行ってしまうのか・・・

少なくとも、「プロ野球が面白かった時代」を生で見れた私は幸せ者だったんですね。

「昔はよかった」が懐古厨発言にならない界隈、それが現在のプロ野球です。

 

野球は見るよりやるほうが断然楽しいですよ!

皆、草野球、やろう!!!

 

ではでは。