こんにちは。高岡氏です。
4月になりましたね。
9日に29回目の誕生日を迎えました。
誕生日がめでたい日だという思いはいつの間にか消え失せ、「今年もまた1つ年を取るのか・・・」という思いで虚しくなります。
特に今年は20代最後の年なので、いよいよこのときが来てしまったか・・・という感じです。はあ、また憂鬱になってきた。
さてそんなことより、昨年末の九州旅行レポート第2弾となります。
第1弾はこちら↓
12/26(火)
クリスマスから一夜明け、街は年末までつかの間の日常モード。
この日も新飯塚からスタート。後藤寺線はJR九州お馴染みの白+青ラインのキハ40系がお出迎えです。
わずか5駅を20分で結ぶ地味な路線ですが、道中にはこの後訪問するとある駅が大きな魅力となっています。
巨大工場が目の前!船尾駅
その「とある駅」というのがこちら、船尾駅です。
存在感しかないこの建造物は、福岡に本社を置く麻生セメントの田川工場です。
工場が真正面にあることで、飛散した塵が駅を汚すことからここを「日本一汚い駅」なんて呼ぶ人もいるようですね・・・。
当然ながら絶賛稼働中の工場なので、出入り口付近をダンプカーが行き交っています。
決して見通しは良くないので、気をつけていないと本当に轢かれます。
私も若干冷や汗をかきながら散策していました。
天候のせいもあるのかもしれませんがどうにも寂れた印象を受けてしまいますね。
工場に隣接する階段を登ると神社がありました。
柱には「産業セメント鉄道株式会社」の文字。
船尾駅を開業したのもこの会社でしたが、現在の麻生グループに吸収された末に会社としては消滅しています。社名を今に遺す貴重な遺産ですね。
退避壕がありました。
近くに活火山は無いはずなので、見た感じからして戦時中のものですかね。
さっきの産業セメント鉄道の石柱といい、この周辺だけ時が止まっているのではないかと思ってしまいます。
というかこの辺りには謎の更地が多く、さながらゴーストタウンの様相です。
ところで、麻生セメントと母体の麻生グループについて調べているとびっくりしたのが、あの麻生太郎の一族の会社なんですね。
当然麻生一族が代々社長を歴任しているわけですが、これもいわば家族経営の一形態です。Twitterでは家族経営の会社だけは絶対入るなとよく言われていますが、このレベルになればさすがに文句を言う人も少ないのではないでしょうか。
初任給が23万で住宅手当も出るのは強い。
後藤寺線は山越え路線の割に1時間1本以上は確保されています。
ですが、中間駅の乗車人員はなかなか悲惨なようで、2022年度の資料とはいえ後藤寺線単独で100人を超えているのは下鴨生駅のみという状況です。
https://www.jrkyushu.co.jp/company/info/data/pdf/2022ekibetsu.pdf
新飯塚~田川後藤寺を乗り通す利用が大半を占めているということですね。
ここでサムネの光景が見られるわけなのですが、これはもっと良いカメラで撮りたい光景ですね。
平成筑豊鉄道再び!
田川後藤寺駅に到着。
田川伊田駅の隣ですが、この駅からは平成筑豊鉄道糸田線が北へ伸びています。
田川伊田駅からも平成筑豊鉄道伊田線が同じく北へ伸びており金田駅で合流するのですが、2路線に挟まれることによりこの辺りは街の規模の割に駅数が多い印象を受けます。
「赤字」駅?いやいや「あかぢ」駅です
この日も気になった名前の駅で降りていくスタイル。
まずはあかぢ駅です。
漢字で書くと「赤地」ですが、こんなに簡単なのになぜわざわざひらがなにする必要があったのでしょうか。
実は、同じ伊田線に「赤池」駅が先に存在しており、漢字が紛らわしいということで、最初はふりがなの通り「あかじ」駅として開業しました。
ところが、今度は「赤字」を連想させて縁起が悪いということで、現在の駅名に落ち着いたという経緯を持ちます。なお会社は地方鉄道の例に漏れずしっかり赤字の模様
ちなみに、「ぢ」というと「痔」を真っ先に想像する方もいると思いますが、こちらも正しくは「じ」と表記します。ヒサヤ大黒堂という企業が旧仮名遣いに拘り「ぢ」と表記したことからそのイメージが定着してしまったようですね。
そのせいでこの駅名もなんか痛そうなイメージが湧いてしまいます。
駅周辺は田んぼだらけでこれといったものはありませんが、地味に両隣を直方市に挟まれた小竹町の駅であるという特徴を持っています。
また、「赤地」という地名自体は小竹町と直方市の両方に跨っていたりします。
ここの地名の表記が「あかじ」であることを証明する標識。
ちなみにこれは直方市サイドです。
ついでに歩いて隣の藤棚駅までやって来ました。
ここはもう1つ隣の中泉駅までの距離が700mと近く、駅舎がギリギリ肉眼で見えるか見えないかぐらいの位置にあります。離れた直方方面行きホームからであれば見えそうですね。
というかここに来て気付いたのですが、
伊田線って複線だったのか!
これはかつて石炭輸送が主力であった名残であり、それだけこの筑豊地域で石炭の生産が盛んであったことを示しています。
今でこそすっかり1両編成の気動車がコトコト走るザ・ローカル線ですが、それゆえに現在では「非電化路線なのに複線」という珍しい立ち位置になりました。
まあ非電化ということからも利用者数はお察しですが、この都市規模で1時間に2本確保しているのはようやっとると言って良いでしょう。
というわけで、次は本命?の駅に行きます。
カープファンの聖地!?赤駅
というわけで赤駅に到着。
やっぱりカープファンとしてここは訪問しておきたかった駅ですね!
駅名標は真っ赤な特別仕様です。
なお、駅名標がこうなったのはTwitterで検索したところ駅ナンバリングが導入された2019年からのようで、それより前は他駅の駅名標と同じ仕様だったみたいです。
旧駅名は字体が若干ポップに見えますが私だけでしょうか。
当駅の周辺には役場や学校などの施設が揃っており、まさに村の玄関口と言うべき駅です。
駅前には線路がありますが、これは石炭輸送のために作られた「油須原線」の線路跡です。線路跡とは言っても実は未成線であり、開業を待つまでの間に石炭が世の主流ではなくなってしまったという悲しい路線なのです。
開業まで時間がかかり過ぎてしまい、結局日の目を見ることが出来なかった路線といえば三江線を思い浮かべますが、計画止まりで開業すらできなかった路線の方が遥かに多いのでしょうね。
とはいえこの路線跡は、現在ではトロッコ列車が走っており沿線の貴重な観光資源となっています。乗るチャンスは月1日と結構難しいですが、往時に思いを馳せて乗りに行ってみてはいかがでしょうか。もっとも大人が1人で乗るにはなかなか勇気がいるような気もしますが
上で村の玄関口とは言いましたが、駅周辺は飲食店どころか商店も満足にないので注意が必要です。個人スーパーはあるにはありますが、年末だからなのか営業していませんでした。
とはいえお昼時でお腹が減っていたので、仕方なく徒歩で隣の油須原駅方面へ向かっていくことに・・・。
すると川沿いに、田んぼの中にポツンと立つ特産品センターがありました。
特産物センターに隣接した建物には、「カレー食べ放題!」と書かれた幟が!
砂漠の中でオアシスを見つけた気分や・・・
このとき時刻は13:40で、閉店時刻が14:00とギリギリでしたが、店員のおばちゃんは快く出迎えてくれました。というか14時になっても普通に他の客が入ってきてたので、結局いつ閉まるのかよく分かりませんでしたが・・・
まさに田舎のおばちゃんといった感じで、
「カレーいっぱい食べてね!」「お代わりいくらでもしていいからね!」「美味しかった?」
店に入ったときは客が私1人だったこともあるでしょうが、こんな感じでとてもフレンドリーでした(笑)
しまいには携帯の調子が悪いということで見せてもらうことに・・・
結局私では解決できなかったのでちょっと申し訳なかったですね。
なお、日によってメニューは変わるようで、この日はたまたまカレーの食べ放題の日でした。本当に食べ放題で、しかもお値段600円とお値打ちです。
味もいわゆる家庭的でクセがないので食べやすいですよ。
赤村の公共交通機関は鉄道のみ、バスはありません。
まあ沿線に大抵の施設は揃ってはいるので旅行者に優しくないわけではありませんが・・・
レビューで結構高評価を受けているえのくま酵素風呂。
正直入りにくい外観ですが、この日も普通に客が訪れていたので営業自体は普通にしているようです。
お湯に浸かるのではなく、ヒノキのおがくずの発酵熱を利用して温まるということで、砂風呂とはまた違うんですね。次はチャレンジしてみたい。
・・・のどかだなあ・・・
この赤村ですが、石炭で有名な筑豊地域において炭鉱が無い地域であり、良くも悪くも石炭に振り回されることの無かった村です。また1889年の町村制施行以来一度も合併を経験していない村でもあります。
そのため「寂れた街」的な静かさではなく、いわゆる日本の原風景的なのどかさが魅力ですね。
こういう光景を見ていると、都内で満員電車に揺られながら通勤することが本当に幸せなのかと考えてしまいます。とはいえ周りを娯楽に囲まれた都会生活を抜け出すのが難しいのもまた事実。今日日ネットでなんでも出来てしまう時代ではありますが、やはり生の体験に勝るものはありませんからね。
まあ少なくとも若いうちは都会に出て色々経験しておいたほうが良いんじゃないかとは思いますね、やっぱり。
社殿が美しい赤色に塗られた我鹿八幡神社。
「我鹿(あか)」という名前から察しがつくと思いますが、古くは日本書紀に「我鹿屯倉(あがのみやけ)」と書かれた場所が登場しており、その「我鹿」の位置が現在の赤村にあたるとされています。
最古の木造駅舎~油須原駅~
これが九州最古の駅舎だ!!!
・・・と言われても遠目から見るとそんなでもないように見えちゃいますね(汗)
なんか木の模様が地方によくある新しめの家の外壁っぽいからですかね?
なんとなく古さと新しさが融合したような感じに見えます。
油須原駅周辺は寿司屋、NPO法人の活動拠点や商店などが立ち並びます。
立ち並びます、とは言ってもやはり飲食店はかなり少ないですね。一応駅から少し離れた県道34号線沿いにはうどん屋もあります。
3枚目の奥にある「尚徳山口」の駅名標は、『金田一耕助VS明智小五郎ふたたび』というドラマのロケ撮影で使用されたものとのこと。
しばしばロケで使用されることも多い駅のようです。
遠目から見ると少し新しさも同居する駅だと言いましたが、実際近づいて見ても小綺麗な駅であるという印象を受けました。
というのも、この駅舎は2022年に開業当初の姿をイメージしてリニューアル工事が行われたばかりです。
工事前は上述したロケ撮影のセットが設置されたままになっており、平成筑豊鉄道なのに「信濃鐡道」と書かれた時刻表が掲示されていたようです。
お洒落な窓の下にはなんとコンセントが用意されています。
これはありがたい。
どうでもいいですが、駅正面に掲示されているポスターが福山の鯛網だったので「おっ!?」となりました。
福山の誇る数少ない観光資源ですので、GWに福山に行く時にはぜひどうぞ。GWにわざわざ福山観光に行く奇特な人は少ないとは思いますが・・・
こちらの腕木式信号機は動かすことができます。
5000兆円○○○!~糒駅~
もうすっかり夕方になってしまいましたが、これが最後の気になる駅名です。
「糒」なんて漢字を見る機会はここくらいしかないのではないでしょうか。
この漢字については、「ほしいい(干し飯)」というとピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんね。
国語の教科書屈指の鬱作品『ちいちゃんのかげおくり』で頻出した単語です。
まあ当時はそこまで鬱になった記憶はないのですが、大人になってあらためて振り返ると、小学生に読ませる話にしてはかなりエグいなあと思いますね・・・。
駅にはボクシングジムが併設されています。
窓から見えるようにバリバリ営業中です。
かつては駅舎として使用されていましたが、駅を有効利用したいと考える平成筑豊鉄道がジム側に無償譲渡したという経緯があるようです。
その代わりとしてジム側が駅の管理・清掃を担当するwin-winの関係となっています。
駅舎には可愛らしいイラストが描かれています。
ミッキー&ミニー、白雪姫と7人の小人は分かりますが、左下はだいぶ剥がれていて分かりづらいですね。リスっぽいのはチップ&デールでしょうか。
ここにいるだけで一生分の「糒」の字を見た気がします。
国名が駅に!?~金田駅~
伊田線と糸田線の分岐駅となっているのがこちらの金田駅。
お隣大分県にはローマ字表記で「USA」となっていることでネタにされている宇佐駅がありますが、こちらは読み方が「カナダ」な駅です。さすがにローマ字表記は「CANADA」ではありませんが。
USAがある県とカナダがある県が隣同士というのもまた面白い偶然ですね。
駅には平成筑豊鉄道本社が入居しており、平成筑豊鉄道の鉄印帳はここで手に入れることができます。
さて、せっかくちくまるキップを持っているので、昨日のように温泉に入ろうと思っていたのですが・・・
送迎バスの時間はとっくに終わっていました。
完全に昼間しか対応していないダイヤですね。反対側の「日王の湯」についても同様です。
どちらも駅から3km程度離れているので、歩いていくのはちょっとしんどいですね・・・。
せめて帰りは夕方の便を用意してもいいんじゃないかなあ。
コスパ抜群!駅舎ホテル
というわけで、2日間に渡るへいちく沿線巡りを終え、田川伊田駅にやって来ました。
「ミスターマックス」田川伊田駅ということですが、今回の旅でミスターマックスが福岡の企業であることを初めて知りました。地元福山にも店舗があるので、てっきり地元のローカルチェーンだと思ってました(笑)
本社は福岡市にありますが、発祥の地はここ田川です。
さて、田川伊田といえば以前日田彦山線ウォークをしたときにも宿泊した地なのですが、そのときは別のホテルに宿泊していました。
そこで気になったのが、田川伊田駅の駅舎ホテルでした。
いつか泊まってみたいと思っていたので、今回はちょうどいい機会でした。
チェックイン時には好きなパンを2個もらえるサービスを提供しています。
そのうえドリンクバーも設置しており、それ込みで1泊なんと4840円!
駅直結という立地を考えてもめちゃくちゃコスパ良いですよね!
特に18きっぱーにとっては御用達と言えるホテルでしょうね。
※ただしシャワールームとトイレは共用なので注意!ホステルとビジネスホテルの中間のような形ですね。
人口5万人いかない小さな街ですが、駅周辺の夜のお店はなかなか充実しているようです。
かつての栄光の名残を感じさせてくれる街並みですね・・・。
夕食はこちらの「朝日家」で、田川名物のホルモン鍋をいただきました。
鍋とは言っていますが、使用するのは底が少し凹んだホットプレートです。
焼肉のタレに漬け込んだホルモンを最初に投入し、それを野菜で覆って蓋をするのが田川流。
また、1人ですが個室を使わせてもらえたので、落ち着いて食事をすることができたのは有難かったです。
さて、旅行から4ヶ月が経ちましたが、年末旅行編は次がラストの予定です。
長期旅行編は途中でめんどくさくなって止めてしまうことが多いですが、今回は最後まで書き切ろうと思っています。
ではでは。