皆さん、「一人旅」は好きですか?
私は好きです。一人で好きに行先を決めて、好きな店に行って、旅先での時間の使い方を自由に決められますし。
なぜこんな話をするかというと、こんなツイートを見かけたもので・・・。
一人旅が好きな人に見せたいツイート。 pic.twitter.com/umXwhV0tRd
— zapa (@zapa) 2021年1月12日
この米山さんという方の主張は一言で言うなら、
「誰とも触れ合うことのない旅行なんて考えられん」
ということです。
コロナ騒動における外出の是非は散々議論されているところで、Twitter民的には、
この米山さんが「見たことない」と言っている、
「一人で密になりにくい交通手段を使い、人混みを避け黙々と楽しめばいい」
という意見が多く見られるように思います。実際私もそれに近い考えです。
案の定、この米山さんのツイートは、
「旅行は団体でやるもの、という昭和の考えが抜けきっていない老害の考えだ」
とメタメタに叩かれています。
私もたまに旅先で地元の人と話をするとき、一人旅であることを伝えると、
「寂しいね~誰か連れて来ないの???」
と言われます。
そしてやっぱりこういう話をするのはご高齢の方が多いので、こういう人達は現代風に価値観をアップデート出来ないんだろうな~、と馬鹿にしてしまいそうなところなのですが・・・。
いや、ちょっと待てよと。
俺達、言うほど「一人旅」やってるか?
本題に入る前に、こちら数年前のものですが、「旅行は何人で行くのがベスト?」というアンケート記事です。
こうして見ると一人旅派もまだまだ少数派だな~、と思ったりしますね。
なぜ人は複数人で旅行に行きたがるのでしょうか。
私の意見としては、
「気の合う友人、恋人と楽しみを共有したいから」
ではないかと思っています。
人間というものは他者との繋がりを重視する生き物ですから、自身と繋がりの強い人物であればあるほど、その人物と思い出を「共有」することで、その思い出が強化されるのです。
例えば、小学生の頃1人で夢中になっていたゲームを、自分が大人になったときに自分の好きな配信者がプレーしていると、
「あー、ここ俺も苦労したんだよなー」
とか
「このシーン泣けるよなー」
と自分のプレー時の記憶を鮮明に思い出せるようなもんです。
また、複数人で「一緒に」旅をすることにより、「共有」に「リアルタイム性」が加わります。大企業のHPを見ているとお決まりのように、
「チームのみんなで大きなプロジェクトを成し遂げたときの達成感は素晴らしいです!」
みたいな「先輩の声」があるじゃないですか。
このときの「達成感」って、もちろん自分自身の感情が大きいとは思いますが、一緒になって喜んでいる他者の感情も上乗せされていると思うんですよね。
スタジアムもガラガラの状態より満員の状態の方が確実に盛り上がります。人間、何かを成し遂げたときにその場にいる人数が多ければ多いほど快楽を感じやすいように出来ているんだと思います。
ここからが本題ですが、
この「共有」と「リアルタイム性」こそ一人旅に致命的に欠けていた要素であったわけで、今までは人気が無かったのです。
しかし、「共有」の問題はネットの普及もあり一足早く解決することになります。
現に私も旅の思い出をこうしてブログに残しているわけですから。かつてはこのようなことが出来たのは一部の物書き(知識人)だけだったので、今は本当にいい時代になったと思います。
では「リアルタイム性」の方はどうか?
もうお分かりかと思いますが、SNSの登場です。
旅先で撮った写真を現像せずとも、データとしてSNSにすぐアップすることで、
その場にいないフォロワー達も、自分と同じ景色を追体験することが出来るようになったのです。
そして、アップした写真に「いいね」がたくさんつけばつくほど気分が良くなる。これは群集の心理と似ている(同じ?)のではないでしょうか?
そう、結局のところ、
我々が「一人旅をしている」と思っているのは、
単に「リアルの友人や恋人が、SNSのフォロワーに置き換わった」だけに過ぎないのではないでしょうか。
実は「一人旅」ではなく「不特定多数人旅」とでも呼んだ方が正しいのでは?人数は減るどころか余計に増えちゃいましたね。
そう考えると、米山さんのツイートは案外的外れでも、昭和の時代遅れな価値観でもないように思えてきます。
どんなに自分は孤独だと思っていても、やはりどこかしらで人との繋がりがあるものなのです。というかSNSをやっている時点で他人との繋がりを求めていることになるんですけどね(笑)
どうしても人との繋がりを避けて生きたいのならば、まずはパソコンとスマホを捨てるところから始めましょう。
ではでは。